【鬼百合に揚羽蝶】熊谷守一‐東京国立近代美術館所蔵

鬼百合に揚羽蝶
熊谷守一 静寂の中の生命倫理
熊谷守一の《鬼百合に揚羽蝶》(一九五九年)は、日本近代絵画における「自然を見る眼」が、極度に研ぎ澄まされた地点を示す作品である。そこに描かれているのは、劇的な出来事でも壮大な風景でもない。一輪の鬼百合と、その傍らに舞う揚羽蝶。ただそれだけの主題でありながら、この絵は、自然と人間、時間と存在についての深い思索を、静かな画面の奥に秘めている。
熊谷守一は一八八九年に生まれ、百歳を超える長い生涯を生きた画家である。その画業は、日本近代美術の激しい潮流とは一定の距離を保ちながら、きわめて個人的で、しかし普遍性を帯びた表現へと収斂していった。東京美術学校で学び、若き日にパリに滞在するなど、当時の画家としては王道とも言える経歴を持ちながら、彼は次第に外的な様式や理論から離れ、「見ること」そのものへと沈潜していく。
熊谷の制作態度を特徴づけるのは、自然を対象として支配するのではなく、自然の側に身を委ねるような姿勢である。花や昆虫、魚や鳥といった小さな生命に対し、彼は観察者である以前に、同じ時間を生きる存在として向き合った。そこには写実を超えた、倫理的とも言える眼差しがある。
《鬼百合に揚羽蝶》は、そうした熊谷の成熟した自然観が、最も端的に示された作品のひとつである。鬼百合の花弁は大きく画面に広がり、燃えるような赤橙色が静かに置かれている。その傍らに描かれた揚羽蝶は、羽ばたきの一瞬を捉えながらも、過剰な動勢を伴わない。花と蝶は互いに干渉することなく、しかし確かに同じ場を共有している。
構図は極度に単純化されている。背景は余計な情報を排し、対象はほとんど記号化された形態として配置されている。しかし、その簡潔さは省略ではない。熊谷は、不要なものを削ぎ落とすことで、対象の「在り方」そのものを浮かび上がらせているのである。
色彩は鮮やかでありながら、決して刺激的ではない。鬼百合の強い色は、画面の中で自己主張するのではなく、そこに「在る」ことを淡々と示す。揚羽蝶の翅に配された黄色や黒は、装飾性を帯びつつも、自然の秩序の一部として静かに調和している。熊谷の色彩は感情を煽るためのものではなく、存在の輪郭を示すための言語である。
技法的には油彩でありながら、そのマチエールは重くならない。紙にキャンバスを貼った支持体は、油絵具の厚塗りを拒むかのように、画面に独特の軽やかさを与えている。筆致は抑制され、描かれた形は明確でありながら、どこか揺らぎを含んでいる。その揺らぎは、生命が常に変化の途上にあることを示唆している。
熊谷守一にとって、花や蝶は象徴である以前に、共に生きる存在であった。《鬼百合に揚羽蝶》において、鬼百合は美の象徴として誇示されることはなく、揚羽蝶もまた自由や変容の寓意として強調されることはない。両者は、ただそれぞれの時間を生きている。その事実が、画面全体に深い静けさをもたらしている。
この静けさは、無音ではない。むしろ、耳を澄ませば、風や羽音、夏の気配が感じられるような、豊かな沈黙である。熊谷は、自然をドラマとして描くことを避け、自然が自然である状態を、そのまま画面に留めようとした。その結果として生まれたのが、この作品に満ちる時間の厚みである。
一九五九年という制作年を考えると、この絵が置かれた時代的文脈も見逃せない。日本社会が高度経済成長へと突き進む中で、生活は急速に変化し、自然は次第に遠ざかっていった。そうした時代にあって、熊谷守一は、小さな庭や身近な生命に目を向け続けた。《鬼百合に揚羽蝶》は、その静かな抵抗の表れとも言える。
熊谷の絵画は、自然を賛美するものではない。ましてや郷愁に浸るものでもない。それは、人間が自然の一部として存在しているという事実を、淡々と、しかし確かな重みをもって示す営みである。この作品において、花と蝶は描かれているが、そこに人間の姿はない。しかし、人間不在の画面であるがゆえに、見る者は自らの存在を強く意識させられる。
《鬼百合に揚羽蝶》は、自然を描いた絵画であると同時に、生の倫理を問う作品である。熊谷守一は、この静かな画面の中で、「見るとは何か」「生きるとは何か」という問いを、声高にではなく、深い沈黙のうちに提示している。その問いは、時代を越えて、今なお私たちの前に置かれ続けている。
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