鳥文斎栄之筆  三幅神吉原通い図巻 【全盛季春遊戯】

全盛季春遊戯
―福神戯画に映る吉原春景―

江戸の春は、単なる季節の推移ではなく、人々の欲望と幻想が最も華やかに結晶する時間であった。その象徴的空間が吉原である。鳥文斎栄之による「全盛季春遊戯」は、そうした江戸後期の都市文化が生み出した爛熟の一瞬を、絵巻という連続的形式のなかに封じ込めた作品である。本作は、しばしば「神吉原通い図巻」とも称され、現実の遊郭風俗と戯画的想像力とが交錯する、極めて特異な視覚叙事詩を形成している。

鳥文斎栄之は、もともと武家の出自をもつ絵師であり、狩野派的教養を背景にしながらも、浮世絵の分野で独自の様式を築いた人物である。彼の美人画は、華麗でありながら過度に艶を誇張せず、人物の内面に沈潜する気配を漂わせる点に特色がある。「全盛季春遊戯」においても、その資質は随所に現れており、遊女や花魁たちは単なる享楽の象徴ではなく、季節と都市の気配を身にまとった存在として描かれている。

本作の主題的核心は、吉原へと向かう「通い」の行為そのものにある。巻頭部では、恵比須・大黒・福禄寿という三柱の福神が、船に乗って江戸東北部へと向かう場面が暗示される。柳橋を起点に、山谷堀で下船し、日本堤を経て吉原大門へ至るという道程は、当時の実際の遊郭参詣ルートと重なり合う。ここで重要なのは、現実の常連客が福神へと仮託されている点である。すなわち本作は、富・繁栄・長寿を象徴する存在が、俗世の歓楽に身を委ねるという逆説的構図を内包している。

この着想の背景には、太田南畝による1781年の随筆的作品「隠れ里の記」の影響が指摘されている。南畝は、吉原を一種の異界、あるいは都市内部に潜む「隠れ里」として捉え、そこに集う人々の滑稽さと哀感を軽妙な筆致で描いた。鳥文斎栄之は、この文学的想像力を視覚化することで、遊郭を単なる風俗空間から、神話的・戯画的次元へと引き上げたのである。

三幅にわたる絵巻の展開は、春の気配とともに高揚していく。桜のほころび、柔らかな衣文の流れ、遊女たちの視線の交錯は、時間の連続性を超えて、永遠の春を思わせる静謐な律動を生み出す。福神たちは、ここでは威厳ある存在ではなく、笑みを浮かべ、酒に興じ、遊女たちと戯れる俗人として描かれる。その姿は、幸福や繁栄が決して超越的な理想ではなく、人間的欲望と表裏一体であることを示唆している。

画面構成において注目すべきは、視線の誘導である。絵巻は右から左へと展開し、鑑賞者は福神たちと同じ道程を追体験する。その過程で、現実と虚構、聖と俗の境界は次第に曖昧となり、吉原という空間が一種の祝祭的異界として立ち現れる。ここにおいて、絵巻は単なる記録ではなく、体験装置として機能するのである。

「全盛季春遊戯」は、江戸後期の遊郭文化を伝える資料であると同時に、都市に生きる人間の欲望と諧謔を凝縮した寓意的作品である。鳥文斎栄之は、春という季節を媒介に、吉原を現実と幻想の交差点として描き出した。その静かな格調と抑制された叙情は、享楽の背後に潜む無常観をほのかに照らし出し、現代の私たちに対しても、都市文化の本質を問いかけ続けている。

鳥文斎栄之筆  三幅神吉原通い図巻 【全盛季春遊戯】
鳥文斎栄之筆  三幅神吉原通い図巻 【全盛季春遊戯】The Metropolitan Museum of Art
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鳥文斎栄之筆  三幅神吉原通い図巻 【全盛季春遊戯】

画像出所:Chobunsai Eishi (Japanese, 1756–1829) Scenes of Pleasures at the Height of Spring, Japan, Edo period (1615–1868) Handscroll; ink and color on silk; Image: 13 1/8 in. × 29 ft. 2 9/16 in. (33.3 × 890.4 cm) The Metropolitan Museum of Art, New York, Mary Griggs Burke Collection, Gift of the Mary and Jackson Burke Foundation, 2015 (2015.300.145) http://www.metmuseum.org/Collections/search-the-collections/670908

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