日傘の貴婦人図皿
伊万里焼に交差する東西のまなざし

ニューヨーク・メトロポリタン美術館の一角に、掌に収まるほどの一枚の磁器皿がひっそりと置かれている。直径二四センチ足らずのその器は、日傘を携えた和装の女性たちを静かに湛え、柔らかな色彩が淡く広がる。名は「日傘の貴婦人図皿」。だが、この小さな皿は、十八世紀の東西交流が織りなした壮大な物語を密やかに抱えている。

江戸の磁器が世界へ向かった時代

伊万里焼──佐賀・有田を中心とした磁器の総称である。江戸時代初期、朝鮮陶工の技術を基盤に始まった日本の磁器生産は、有田の地で急速に発展した。堅牢な白磁、精緻な染付、そして赤・緑・金を重ねた華やかな色絵。これらは当時として極めて高度な技術であり、近隣の港・伊万里から積み出されたことから「伊万里焼」の名を得た。

十七世紀後半、中国の景徳鎮が戦乱により一時的に生産を落とすと、ヨーロッパの磁器需要は急速に日本へ向かう。東インド会社（VOC）を介した輸出が拡大し、伊万里焼は国際市場の潮流に応じて形と文様を自在に変え、世界に向けた「江戸の工芸」として洗練されていった。

「日傘の貴婦人図皿」もまた、そのような輸出需要の中で生まれた作品である。

東洋を夢見た西洋の眼差しが、器の上で姿を変える

皿の中央に描かれるのは、日傘を差した二人の女性。控えめな表情と、わずかに首を傾げる仕草。視線の先では数羽の鳥が舞い、簡略化された庭園が静かに広がる。だが、この情景は当時の日本を素直に写したものではない。

元となったのは、オランダ人画家コルネリス・プロンクが東インド会社の依頼で描いた「中国風婦人」の図案である。ヨーロッパが思い描いた理想化された東洋像──それは東洋そのものではなく、「西洋が期待した東洋」の姿だった。
その図案は海を越え中国へ送られ、景徳鎮で磁器として生産されたのち、やがて日本の職人にも伝わることとなる。

日本の絵付師たちは、その異国の図像をただ模写するのではなく、しなやかな翻訳を施した。衣装は着物へと変わり、風景には和の美意識が宿る。気品と抒情を湛えた女性像は、元の「中国風婦人」から距離を取りつつ、日本的な静謐の表現へと再解釈されたのである。

文化は、採り入れ、変化し、再び外へと開かれていく。皿に描かれた貴婦人たちは、その流れの結晶ともいえる。

図像の構成──中心に立つ静けさの物語

皿の構成は、中央の場面を花唐草文が取り巻き、縁には女性像や鳥を収めた小さなパネルが放射状に並ぶ。視線を内側へ導く緻密な配置は、器全体をひとつの物語として成立させる意匠である。

染付のコバルトブルーは深く、上絵の赤・黄・緑がその上に柔らかく乗る。華美になりすぎない均衡が保たれ、どこか室内の静けさを思わせる温度がある。
特に印象的なのは、女性たちの佇まいが生む余白の力だ。描かれた動きは最小限だが、沈黙の中に感情が潜み、視線の先にある鳥との距離が、かすかな緊張感を帯びている。
物語を語らずして物語る──江戸絵画の洗練と通じる表現であり、器という小さな空間に深い情緒が満ちる。

私貿易の器が辿った海路

プロンク図案に基づく景徳鎮磁器の多くは東インド会社の公式貿易品であったが、日本の「日傘の貴婦人図皿」は私貿易によって海外へ渡ったと考えられる。
それは、日本の職人たちが国外市場の動向を敏感に捉え、自ら輸出用の商品を創出していた証左である。ヨーロッパの嗜好を理解しながらも、日本独自の美意識を損なわない巧みな調整──その柔軟さが、伊万里焼を国際市場で“選ばれる工芸”へと押し上げた。

小さな器が美術館に佇む意味

本来は日常の器として、あるいは交易の品として生まれた皿が、現代の美術館で芸術作品として展示されることには特別な重みがある。
工芸はしばしば「用の美」として捉えられがちだが、この一枚は、文化が交差し、再解釈され、海を渡る過程そのものを内包している。
美術館に収められることで、それは「使われる器」から、「文化を映す器」へとその意味を変えた。

結び──文化が重なり合う静かな場所へ

日傘を携えた貴婦人たちは、皿の中で今も穏やかに立ち続けている。その姿は、十八世紀の海の向こうで生まれた空想が、日本で新たな美へと姿を変え、ふたたび世界と交わった証である。

異なる文化は、衝突だけでなく、憧憬と翻訳によって柔らかく重なり合うことがある──その静かな真実を、この小さな伊万里焼は語っている。

画像出所：メトロポリタン美術館