過去の記事一覧
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松本竣介の作品《N駅近く》
都市の機構に吸い込まれる人々――
1940年(昭和15年)、松本竣介は油彩画《N駅近く》を完成させた。本作は東京国立近代美術館に所蔵される初期の重要作であり、戦時下の都市生活と人…
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麻生三郎の《とり》(1940年制作、)
静寂のかなたへ——
対象としての「とり」——日常の向こう側へ誘う視座
麻生三郎の《とり》は、画面中央やや上部に描かれた鳥を軸として構成されています。サイズとして…
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北脇昇《(A+B)² 意味構造》
「数学が絵になった」
1940年(昭和15年)、北脇昇は自身の抽象絵画制作における重要な到達点のひとつとなる作品《(A+B)² 意味構造》を完成させた。油彩・キャンバスによ…
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矢橋六郎《水を飲む女》
静止する瞬間と流動する水
1940年(昭和15年)制作の矢橋六郎《水を飲む女》は、東京国立近代美術館に所蔵される油彩作品である。画面は極めて単純な主題――女性が水を飲む動作――を捉え…
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大沢昌助の《岩と人》
巨岩の前の静謐と謎
1940年(昭和15年)制作の大沢昌助《岩と人》は、第27回二科展に出品され、現在は東京国立近代美術館に所蔵される油彩作品である。その画面は一見、夏の日差しを浴びた…
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桂ゆきの「作品」
タイトルと制作年の意味「作品」という、極めて中立的かつ汎用的な題は、読む者に自由な想像と受容の余地を与える。特定の主題名ではなく、作者自身が“表現そのもの”を示す意図のようにも感じられる。その曖…
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里見勝蔵の作品、「女」
そのタイトルと時代背景
「女」という、最もシンプルでありながら同時に最も重層的なタイトルは、おそらく特定の「誰か」ではなく、「女性とは何か」をめぐる普遍的な問いを提示します。1936…
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荻須高徳の作品「モンマルトル裏」
モンマルトルの「裏」へ荻須高徳が1940年に描いた「モンマルトル裏」という小品は、浮世離れしたようで、しかし何処か慟哭めいたリアリティを湛えた都市風景である。本作は、誰もが知る観…
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福沢一郎の作品、「人」(1936年制作)
一語で題された「人」という語は、説明を拒みながら、絵画が避けて通れない根源的な問い――「人間とは何か」――を観者の意識に呼び戻す。題名の簡潔さは、物語や状況説明の余地を徹…
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山口薫、《古羅馬の旅》
理想郷への憧憬と現実感覚の交錯
1930年代初頭、山口薫は長期にわたる滞欧生活を経験する。パリを拠点に、フランス国内のみならずイタリア、スペインなどを巡り、その過程で古代ローマやルネ…
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この像は、平安時代に作られたもの…
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