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【召使いの娘】ルノワール‐メトロポリタン美術館所蔵
- 2025/6/19
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- ルノワール
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ピエール=オーギュスト・ルノワールの《召使いの娘》は、19世紀フランス絵画における日常美の探求、特に無名の人物に宿る詩情や尊厳を示す優れた一例である。本作は1875年に制作され、現在はニューヨークのメトロポリタン美術館に所蔵されている。作品に描かれている若い女性の身元は不明であるが、1885年には《召使いの娘》というタイトルで市場に出回っており、長年にわたりパリの大衆食堂「デュヴァル(Duval’s)」の給仕人であると誤って伝えられてきた。しかしながら、女性の真の役割が何であれ、ルノワールはこのモデルに自然体の優美さを与え、まさに彼自身の言葉にあるように、「日常に宿る永遠性」を具現化している。
1875年という制作年は、ルノワールにとって大きな転換期に位置する。1874年、彼は仲間たちと共に第1回印象派展を開催し、その斬新な絵画様式は批評家たちから否定的な評価を受けた一方で、少数の支持者を魅了した。印象派という名称自体がこの頃に生まれたものであり、批評家ルイ・ルロワによる蔑称が由来である。このような社会的文脈の中で、ルノワールは肖像画や風俗画といったジャンルで自身の表現を模索し続けていた。
特に注目すべきは、彼がこの頃から中産階級や労働者階級の女性たちをモデルとして描くようになったことである。ブルジョワ的な理想像ではなく、実生活に根ざした女性像は、当時としては革新的なアプローチであり、同時に深い人間観察と同情に裏打ちされていた。《召使いの娘》においても、ルノワールは給仕人あるいは家庭の使用人といった社会的に目立たない存在を、まるで神話的女神のように堂々と描いている。
《召使いの娘》は半身像の肖像画であり、若い女性は画面の中央やや左寄りに描かれている。彼女は正面を見据え、わずかに視線を左下にそらしている。背景は暗く抽象化されており、人物の顔と衣服を際立たせる役割を果たしている。光は上方左側から差し込み、女性の頬、額、首元、肩、そして衣服に柔らかく反射している。このような光の取り扱いはルノワールの得意とするところであり、肌の柔らかさや血色の良さを際立たせる表現は、彼の作品の中でも特に詩的である。
女性の髪は暗褐色で、やや無造作にまとめられている。その髪型や服装に華美な装飾はなく、簡素であることがかえって彼女の自然な魅力を引き立てている。衣服は白地にピンクや青のアクセントが施されたもので、日常的な使用人の服装としてはやや装飾的ではあるが、ここにはルノワールの色彩感覚と装飾へのこだわりが表れている。
注目すべきは女性の表情である。それは無表情とも、微笑みともつかない中庸の表情であり、観る者に解釈の余地を残している。彼女の目はやや影を帯びており、どこか憂いを含んだ内面性を示唆している。これにより、モデルの存在は単なる日常の人物描写を超えて、内面世界を湛えた象徴的存在として提示されている。
ルノワールはこの時期、印象派的な筆致と伝統的な構成性を融合させた独自の画風を展開していた。《召使いの娘》でも筆致は自由で柔らかく、人物の輪郭ははっきりとは描かれず、背景と溶け合うような曖昧さを持っている。この曖昧さが、モデルの存在を夢幻的なものとして際立たせている。
色彩においては、ルノワールの特徴である明るく暖かいパレットが用いられている。特に肌の描写にはピンク、ベージュ、アイボリーといった繊細な中間色が巧みに混ぜ合わされ、命の温もりを感じさせる。衣服には対照的に、白と青の色調が使われ、モデルの顔と髪の色を引き立たせる役割を果たしている。背景には深いグリーンやブラウンが使われており、人物を前景に際立たせるための舞台装置として機能している。
この作品の魅力の一つは、モデルが誰であるか、何をしているかが明確に示されていない点にある。題名が示すように彼女は「召使い」であるとされるが、その役割や背景は描写されておらず、むしろ普遍的な「若い女性」として描かれている。これはルノワールが芸術において特権的な美を追求した結果であり、社会的地位にかかわらず美しさと尊厳を見出す視点に通じている。
また、当時のフランス社会では、労働者階級の女性が芸術作品の主題になることは稀であった。そうした中でルノワールがこのようなモデルを選び、しかも女神のように描いたという事実は、単なる写実以上の意味を持つ。ルノワールはかつて「私は誇示しない永遠性が好きだ。鍋を磨いている最中にふと立ち止まり、まるでオリュンポスのユーノーのように見える召使いがそれだ」と語っている。この思想は、《召使いの娘》に明確に体現されている。
本作は、初期の印象派的なルノワールと後期の古典主義的回帰の間に位置する作品として、美術史的に重要な意義を持っている。印象派展には出展されていないが、1870年代半ばのルノワールが、光と色、そして人間性に対する関心をいかに融合させていたかを示す重要な証拠である。また、この作品は彼の肖像画技術の高さを示すものであり、後年の貴族的・神話的女性像への先駆けとも見なされている。
20世紀以降、本作はしばしば「日常の美」「庶民性の尊厳」「女性の内面性の表現」といった観点から評価され、ルノワール芸術の核心に迫る鍵として再解釈されてきた。また、このような描写はルノワール以降の画家たちにも影響を与え、例えばエドゥアール・ヴュイヤールやピエール・ボナールの室内画、また20世紀のフェミニズム的美術批評の文脈においても再注目されている。
《召使いの娘》は、単なる若い女性の肖像画ではない。それは19世紀フランスにおける芸術と社会の接点を体現する作品であり、同時にピエール=オーギュスト・ルノワールの芸術的信念を端的に示す例でもある。彼が言うところの「誇示しない永遠性」は、この作品を通して明確に表現されており、我々現代の鑑賞者にも深い感動を与える。無名の若い女性が、一瞬のしぐさやまなざしを通じて「永遠」のイメージに昇華されるとき、そこにはルノワールの芸術に対する限りない愛と、人間そのものへの信頼がにじみ出ている。
画像出所:メトロポリタン美術館
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