室町時代の「高野四所明神像」は、絹に墨、彩色、金箔を用いて描かれた掛け軸です。高野山に関連する四つの明神を描いた作品です。これらの明神は高野山における信仰対象であり、それぞれの明神は特定の守護や祈願の対象とされていました。
高野四所明神は次の四柱です:
- 金剛明神(こんごうみょうじん): この明神は、金剛山の本尊である不動明王を指しています。不動明王は不動尊とも呼ばれ、厄除けや災難除けの神として崇拝されていました。
- 本地明神(ほんじみょうじん): 本地明神は、本地仏(阿弥陀如来)を指しています。阿弥陀如来は、来世の浄土への往生を願う人々にとっての救済の対象でした。
- 地神明神(ちじんみょうじん): 地神明神は、地域の土地神や神霊を表しています。この明神は土地の安定や実りを願う信仰の対象でした。
- 天神明神(てんじんみょうじん): 天神明神は、天照大神やその他の天上の神々を意味しています。天神は戦勝や国家の平和を祈る際に崇拝されました。
これらの四所明神は、高野山の信仰の中心である神々であり、掛け軸の中で格式高く、美しく描かれた作品であると考えられます。このような作品は、当時の宗教的な信仰と美術の結びつきを示す貴重な歴史的なアートピースです。
高野山の寺院群は、京都と奈良の南に位置する高野山で、9世紀に空海(弘法大師、774–835)によって創設された真言宗の本山としての役割を果たしています。空海は中国から密教の教えを導入した人物とされています。この絵画は、山の麓にある新屋島神社の四大明神を描いており、この神社は聖地とされています。明神たちは、山を守護する神獣のペアによって守られた神社建築内の三つ折りの屏風の前に座っています。この絵には、元々この地の神であった新屋と彼女の男性相手である猟神狩羽(かりは)が上部に描かれています。彼らの下には、右に毛比神(けひ)が、左に厳島神(いつくしま)が描かれています。絵の一番下には、黒い犬と白い犬の2匹が描かれており、彼らとその主である狩羽が、元々空海をこの遠隔地へ導いたと言われています。
画像出所:The Four Deities of Mount Koya, 16th century Japan, Muromachi period (1392–1573) Hanging scroll; ink, color and gold on silk; Image: 40 3/16 × 19 1/2 in. (102 × 49.5 cm) Overall with mounting: 65 15/16 × 25 7/16 in. (167.5 × 64.6 cm) Overall with knobs: 65 15/16 × 27 5/8 in. (167.5 × 70.2 cm) The Metropolitan Museum of Art, New York, Mary Griggs Burke Collection, Gift of the Mary and Jackson Burke Foundation, 2015 (2015.300.15) http://www.metmuseum.org/Collections/search-the-collections/671016
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