【窓】東郷青児ーsompo美術館

【窓】東郷青児ーsompo美術館

1929年に制作された東郷青児の《窓》は、日本のモダニズム絵画史において特異な輝きを放つ作品である。現在、SOMPO美術館に所蔵され、その静謐で幻想的な佇まいによって多くの観覧者を魅了してやまない。《窓》は、その標題通り、絵画空間における「窓」というモチーフを用いながら、東郷が描く独特の女性像と夢幻的な世界観、そして西洋美術への深い関心と日本的感性が結晶した傑作である。

まず、《窓》という作品を理解するためには、東郷青児(1897–1978)の芸術家としての歩みを確認することが必要である。彼は鹿児島に生まれ、早くからヨーロッパに渡ってパリで学んだ。1921年に渡仏した彼は、ヨーロッパにおける最先端の芸術運動に触れ、特にピカソ、ジョルジュ・ブラックらによるキュビスムや、モディリアーニのエレガントな女性像に強い影響を受けた。また、当時パリでは象徴主義的傾向や装飾芸術が隆盛を極めており、そうした空気も彼の感性に作用している。

帰国後の東郷は、いわゆる「新興美術」運動に参加し、前衛的な活動を展開する一方で、1920年代後半になると、装飾性や幻想性を強調した独自のスタイルへと移行していく。《窓》は、まさにその過渡期、彼がパリ帰りのモダニストとしての新たな画風を模索し、独自の世界を確立しようとした時期に生まれた作品である。

《窓》には、東郷の典型とも言える女性像が描かれている。画面中央には静かに佇む女性が一人、まなざしをこちらに向けている。彼女の肌は陶磁器のように滑らかで、どこか現実離れした透明感をたたえており、またその顔貌にはどこか東洋的な均整と、ヨーロッパ的な理想美が同居している。

この女性は、いわゆる「モデル」としての個性を持っていない。むしろ、女性という存在そのものを象徴するような、普遍的な美の具現として描かれている。彼女の顔の輪郭は柔らかく、髪は優美な曲線を描き、唇はほのかに紅を差す。東郷が描いた女性像には、しばしば「冷たい美しさ」「陶器のような質感」といった形容がなされるが、まさにこの作品にもそれが見て取れる。

窓の向こうには抽象的な風景が広がり、現実の風景というよりは夢の中の光景のようである。その曖昧さが、画面全体を幻想的に包み込んでいる。ここで重要なのは、東郷がこの「窓」というモチーフを、単なる風景への視界としてではなく、「心の内と外」「夢と現実」「此岸と彼岸」をつなぐ象徴的な通路として描いている点である。

《窓》における色彩の使い方にも、東郷のセンスが如実に表れている。画面は全体としてくすんだ色調に支配されており、青、灰色、ベージュ、白といった中間色が主体である。その中で女性の肌や衣服にだけ淡い彩りが差され、視線を自然と引き寄せる構成となっている。

また、背景の壁や窓、室内の調度といった要素は、決して詳細には描かれず、むしろ単純化・抽象化されている。そのため画面に冗長さがなく、女性の存在感が際立っている。こうしたスタイルは、アール・デコ的な装飾性を背景にしながらも、抑制されたエレガンスを特徴とする東郷の個性の一つである。

画面は明確な奥行きを持たず、むしろ平面的な構成となっているが、それが逆に、夢の中の出来事のような非現実性を強調している。また、女性の背後にある「窓」そのものが、どこか幾何学的でありながらも柔らかく処理されており、全体に静かなリズムを与えている。

1920年代の日本は、いわゆる「モダン都市文化」が花開いた時代であった。銀座、浅草にはカフェーやダンスホールが立ち並び、モボ・モガと呼ばれる若者たちが欧米文化を享受していた。美術の世界でも、新興美術やシュルレアリスム的傾向が紹介され、従来の写実主義とは異なる前衛的な作品が注目され始めていた。

そのような中で、東郷の《窓》は、前衛でも写実でもない、独自の詩的リアリズムを打ち出していた。彼の描く女性たちは現代的でありながらも古典的な均衡を備え、幻想的でありながらも情緒に訴える。このアンビバレントな美学こそが、東郷作品の本質をなすのである。

また、東郷は詩や音楽にも深い関心を持っており、《窓》にもそうした感受性が反映されている。女性のまなざしは何かを語りかけているようでありながら、決して言葉にはならない。その沈黙の美が、観る者の想像力を喚起し、作品との親密な対話を可能にしている。

《窓》を論じる際には、東郷がパリで吸収した西洋美術との接点も忘れてはならない。なかでも注目すべきはモディリアーニの影響である。細長い首や無表情な顔、静謐な佇まいといった特徴は、《窓》における女性像にも通じるものがある。

また、キュビスムの影響も画面構成に見て取れる。背景の幾何学的な処理や、空間の平坦化、装飾的な要素の抽象化など、いずれも当時のヨーロッパ美術との共鳴を示している。

しかしながら、東郷は単なる模倣者ではなかった。彼は西洋のモダニズムを日本的な抒情性と融合させることにより、独自の詩的モダニズムを創出したのである。《窓》はその成功例のひとつとして、美術史的にも高く評価される所以である。

《窓》という作品は、その名の通り「内と外」をつなぐ象徴的なモチーフであると同時に、東郷青児の芸術世界の精髄を凝縮した傑作でもある。1929年という制作年は、世界恐慌の年であり、日本においても昭和の不穏な空気が忍び寄る時期にあたる。そうした時代にあって、《窓》が描く静かな美しさ、非現実的な夢幻性は、一種の慰めや逃避のようにも感じられる。

しかしそれは単なる逃避ではなく、「美」の力によって人間の感性や精神を支える試みでもあったのではないか。東郷は、美の中にこそ真実があると信じ、それを具象化する手段として女性像と「窓」というモチーフを選んだのだろう。

SOMPO美術館に所蔵されるこの作品は、今もなお観る者の想像力をかきたて、静かな詩情を語りかける。東郷青児の《窓》は、単なるモダン絵画のひとつではなく、「美」と「夢」と「時間」をつなぐ窓であり続けているのである。

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