【イチゴとブドウで髪を飾る二人の女性】アントワーヌ・スーストルー梶コレクション

【イチゴとブドウで髪を飾る二人の女性】アントワーヌ・スーストルー梶コレクション

19世紀末から20世紀初頭にかけてのヨーロッパにおいて、アール・ヌーヴォー様式は芸術、工芸、建築、グラフィックデザインなどの分野を横断する形で爆発的な広がりを見せた。自然の有機的な形態や、女性像の優美な曲線美を強調するこの美術様式は、19世紀末の近代化に伴う産業的な無機質さへの反動として現れたとされている。そしてその表現の中心にあったのは、しばしば“自然と調和する女性像”であった。

この文脈に位置づけられる作品の一つが、アントワーヌ・スーストルによる《イチゴとブドウで髪を飾る二人の女性》である。本作は1910年頃に制作されたと考えられ、現代では梶コレクションに収蔵されている。本作品は、そのタイトルが示す通り、イチゴとブドウという果実を象徴的に髪に飾った二人の若い女性像を主題としており、その構図、色彩、象徴性はアール・ヌーヴォー的感性を如実に物語っている。
アントワーヌ・スーストル(Antoine Sustrac, 19世紀後半 – 20世紀初頭)は、フランスの装飾芸術家・画家として活動し、特に工芸や応用美術の分野で知られる人物である。彼の作品は、絵画であっても装飾性に富み、グラフィック・アートとの境界を曖昧にする傾向がある。商業美術と純粋美術の両領域で活動した彼の作風は、同時代のアルフォンス・ミュシャやジュール・シェレ、モーリス・ブーテ・ド・モンヴェルらと共通点を持ちつつも、より抑制された色調と柔和な表情表現を特徴とする。

スーストルの作品に一貫するのは、女性というモチーフへの深い美的探究である。アール・ヌーヴォーの諸作家が「理想の女性像」を描き出す一方、彼はより身近で親密な、そして柔らかさと儚さを備えた女性像を描いた。この点において、《イチゴとブドウで髪を飾る二人の女性》は、彼の作風の到達点とも言える作品である。

本作に描かれているのは、互いに寄り添うようにして立つ二人の女性である。彼女たちは上半身のみが描かれており、背景にはあえて抽象的な処理が施されているため、観る者の視線は自然と二人の顔立ちや髪に注がれる構成となっている。彼女たちの表情は柔らかく、まなざしは穏やかに遠くを見つめている。口元にはかすかな微笑が浮かび、観る者に対して親しみを含んだ沈黙の対話を仕掛けてくる。

色彩はパステル調を基調としながらも、果実の色に象徴的な鮮やかさが込められている。左側の女性は髪にイチゴを、右側の女性はブドウの房を飾っている。イチゴは鮮やかな赤色であり、情熱や若さ、生命力を象徴する。一方、ブドウは深い紫色で描かれ、成熟、知性、豊穣といった意味を内包している。これらの色は、単に視覚的な装飾に留まらず、女性たちの内面性や象徴性をも物語る要素として機能している。

イチゴとブドウという果実の選定は、単なる装飾的選択ではない。古代以来、果実はしばしば女性の身体や性、あるいは自然との調和を象徴してきた。イチゴはその形状からキリスト教では「純潔」の象徴とされる一方、ルネサンス以降は「愛と快楽」のメタファーとも解釈されてきた。対して、ブドウはディオニュソス信仰との関係から、「陶酔」「霊性」「成熟」といった多義的意味を担う。

このように、本作の二人の女性は、イチゴとブドウという果実を髪に飾ることで、若さと成熟、肉体と精神、快楽と節制といった二元性を象徴的に表現しているとも読める。すなわち彼女たちは、ただ美しいだけの存在ではなく、観る者に対して深い内面的な問いを投げかける象徴的存在として描かれているのである。

アントワーヌ・スーストルは、装飾美術においても絵画的感性を融合させる作家であったとされ、本作にもその傾向が明瞭に見られる。筆致は極めて滑らかで、顔や髪、果実の質感は繊細なグラデーションによって描き分けられている。一見するとリトグラフのようにも見えるが、肉眼で観察するとわずかな筆触の違いによって奥行きが与えられていることがわかる。特に女性の肌における光の反射や頬の紅潮の表現は、スーストルの繊細な感覚と卓越した色彩感覚の賜物である。

また、構図においても対照と均衡が巧みに取られている。二人の女性は同じ方向を向いているが、髪の分け方や表情の差異、果実の形状などにおいて対比が強調されており、それが視覚的なリズムと調和を生み出している。背景に抽象性を持たせることで、観る者の意識はより一層、人物と象徴へと導かれる。

本作が収蔵されている「梶コレクション」は、19世紀末から20世紀初頭のヨーロッパ装飾美術を中心に、優れた工芸品・絵画を体系的に収集してきたことで知られる。その中にあって《イチゴとブドウで髪を飾る二人の女性》は、特にアール・ヌーヴォー的感性を端的に示す作品として重要な位置を占めている。

梶コレクションには、アルフォンス・ミュシャやポール・ボノー、L. ルロアといった同時代作家の作品も含まれており、それらと比較することで本作の静謐さや抒情性がより際立って見えてくる。ミュシャが装飾的構成と象徴の明快さを重視したのに対し、スーストルはより内面的で静かな美を志向していたと言える。

《イチゴとブドウで髪を飾る二人の女性》は、20世紀初頭という過渡期の美意識を、果実と女性という古典的モチーフを用いながら、新しい時代の感性で表現しようとした意欲作である。自然と女性、成熟と若さ、象徴と写実という相反する要素を静かな筆致と調和の取れた構図によって統合した本作は、アール・ヌーヴォーの精神を今に伝える稀有な作品の一つとして位置づけられるだろう。

その佇まいは決して声高ではない。だが、見る者がじっと目を凝らせば、果実の色に秘められた象徴と、女性たちのまなざしの奥にある詩情が、静かに語りかけてくるのである。

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