【父と祖母】マルク・シャガールーロシア国立博物館所蔵

【父と祖母】マルク・シャガールーロシア国立博物館所蔵

マルク・シャガールの「父と祖母」(1914年制作)は、彼の家族との深い結びつきと、その人生における複雑な感情を色濃く反映した作品です。この絵は、シャガールの故郷であるロシアのヴィテブスクでの生活と、その後パリでの経験が交錯する中で制作されました。「父と祖母」は、シャガールが自らのルーツと向き合いながら、彼の感情や思いを絵画に託す過程を表しています。

シャガールは自伝『Moya zhizn’(私の生涯)』で、父親のことを「神秘的で悲しげに見え、理解できない部分がある」と語っています。シャガールの父は、常に疲れ果て、不安を抱えているように感じられ、シャガールの心にはその姿が深く刻まれました。自伝の中で彼は父親の容姿についても詳細に述べています。「長く手入れされていないひげ、暗い茶色でほとんど灰色に近い目、焼けたオーカー色の顔、しわや折り目が刻まれた顔」という言葉で描写される父親のイメージは、シャガールの絵画にも反映されています。このようなシャガールの父親に対する視点は、彼の作品における感情の深さと複雑さを示しています。

「父と祖母」は、父親と祖母というシャガールの家族の重要な人物を描いた作品です。この絵は、父親の顔が中心に描かれ、祖母がその横に寄り添う構図となっています。シャガールの父親は、彼の自伝で述べたように、疲れ切った顔つきであり、目に見える深い苦悩が感じられます。一方で、祖母の姿は温かく穏やかなものとして描かれています。シャガールが家庭内の平和や安心感を表現したかったことが伝わってきます。

絵のスタイルには、シャガール独特の幻想的な要素が含まれていますが、この作品には特に家庭的な温もりが感じられる点が特徴的です。シャガールはその筆致で、父親の厳格でしっかりとした存在感を表現しつつも、祖母のやさしさや愛情を強調しています。二人の人物の関係性に、シャガール自身の内面の葛藤や、家族への深い愛情が色濃く反映されています。

この作品は、テンペラ(卵と顔料を混ぜた絵具)を使用して描かれたものであり、シャガールの色使いにおける特徴が見て取れます。特に、顔料の深い色合いや温かみのあるトーンが、絵全体に穏やかな感情を与えています。父親の顔に使われた焼けたオーカーや茶色、祖母に使われた柔らかな色合いの顔料は、シャガールが表現したかった家庭的な安心感を象徴しています。

シャガールは色彩を通じて感情を表現することに非常に長けており、この作品における色使いは、彼が感じていた父親の複雑な感情と、祖母に対する無償の愛情をうまく捉えています。また、シャガールはこの作品において、家族の温かさと共に、人生における苦しみや悩みも表現しようとしています。父親が持つ不安感や疲れ、祖母の穏やかさと愛情の対比は、作品に深みを与える要素となっています。

「父と祖母」が描かれた1914年は、シャガールにとって特別な時期でした。この年、シャガールは一度パリからヴィテブスクに戻り、家族や故郷との再会を果たしました。彼はその後、しばらく家族の肖像画を多く描き、家庭的なテーマに傾倒していきます。この作品もその一例であり、シャガールはパリでの現代的な芸術運動とは異なる、もっと個人的で温かみのあるテーマに取り組んでいた時期に描かれました。

シャガールのヴィテブスクでの生活とパリでの生活は、彼の芸術に大きな影響を与えました。パリではモダンアートの先駆者たちと出会い、洗練されたスタイルを学びましたが、ヴィテブスクに戻ることで、彼は自らのルーツや家族への深い思いを再確認し、それを絵画に反映させるようになったのです。

「父と祖母」は、1916年にモスクワで開催された「ダイヤモンドの窓」展(ロシア現代美術展)と、ペトログラード(現在のサンクトペテルブルク)で開催された「ロシア現代絵画展」に出品されました。この展示は、ロシアの若手芸術家たちが新しい芸術的方向性を模索していた時期のものです。シャガールはこの展示に参加することで、自らのスタイルとアートの認知を得ることができました。作品自体も、その時期のロシア芸術界において注目を集め、シャガールの芸術家としての地位を確立する一助となりました。

シャガールの父親と祖母は、彼の生涯において非常に重要な存在でした。シャガールが描く父親像には、彼自身が感じていた不安や孤独が色濃く反映されていますが、その一方で、祖母の温かい姿には、家族や家庭への愛情が溢れています。父親はシャガールにとって、いつも「神秘的」で、理解しきれない存在であった一方で、祖母は穏やかな心の支えとなっていました。

シャガールの家族との関係は、彼の作品におけるテーマにも大きな影響を与えました。彼の絵画にはしばしば、家族、愛、そして家庭的な場面が描かれていますが、それらはシャガールの個人的な体験に基づいたものであり、彼の感情と密接に結びついています。

「父と祖母」は、マルク・シャガールが家族との深い感情的なつながりを表現した作品であり、彼自身の複雑な内面世界を視覚的に捉えたものです。父親と祖母という二人の重要な人物を通して、シャガールは家族との関係を再評価し、感情豊かな作品を生み出しました。色彩や構図、そして表現された感情の深さは、シャガールの画家としての力量と、彼の芸術がどれほど個人的であるかを物語っています。この作品は、彼が抱えていた感情や心の葛藤を表現しただけでなく、家庭や愛、そして家族の絆の大切さを強調するものであり、今なお多くの人々に感動を与え続けています。

関連記事

コメント

  • トラックバックは利用できません。

  • コメント (0)

  1. この記事へのコメントはありません。

コメントするためには、 ログイン してください。

プレスリリース

登録されているプレスリリースはございません。

カテゴリー

ページ上部へ戻る