【麒麟置物】昭和3年-皇居三の丸尚蔵館収蔵

麒麟置物
昭和初期皇室美術にみる瑞獣表象と近代鋳造の精神
昭和初期という時代は、日本美術にとって特異な緊張感を孕んだ転換期であった。伝統の継承と近代国家としての自己像の形成、その二つが静かにせめぎ合いながら、造形の内奥に沈殿していく時代である。皇居三の丸尚蔵館に所蔵される銅製の《麒麟置物》(昭和三年制作)は、まさにその象徴的成果の一つとして位置づけられる作品である。
本作は、昭和天皇の即位に伴う大礼を祝して、香淳皇后のご兄妹より献上されたものである。大礼という国家的儀礼は、単なる即位の確認にとどまらず、新たな時代の始動を内外に宣言する精神的装置でもあった。その祝意を託された造形物が、なぜ麒麟であったのか。この問いは、昭和初期の皇室文化と近代彫刻の関係を読み解く重要な糸口となる。
麒麟は、古代中国に起源をもつ瑞獣であり、仁徳と太平、理想的な統治の到来を告げる存在として語り継がれてきた。獅子に似た頭部、鹿の角、牛の蹄、龍の尾といった複合的形態は、自然界の力と徳の象徴を一身に集めた存在として理解される。日本においても、麒麟は王権や吉祥を象徴する霊獣として受容され、宮廷文化や寺社装飾の中で繰り返し表象されてきた。
しかし、本作における麒麟は、単なる伝統的図像の再現ではない。最大の特徴は、その背に翼を備えている点にある。本来、東アジアの麒麟像に翼は存在しない。翼をもつ麒麟は、近代以降に生まれた再解釈であり、超越性や飛翔性を強調する象徴的造形である。この改変は、偶然の意匠ではなく、時代精神を映し出す選択であったと考えられる。
昭和初期の日本は、急速な近代化を経て、国家としての自己像を再構築しつつあった。伝統を基盤としながらも、未来への志向を明確に示す必要があった時代において、翼ある麒麟は、地上の徳治に加え、理想へと飛翔する国家像を暗示する存在として機能したのであろう。瑞獣でありながら、静止することなく、時代を超えていく意志を内包した造形なのである。
素材として選ばれた銅もまた、この作品の性格を雄弁に物語る。銅鋳造は、近代日本において高度に洗練された技術分野であり、明治以降、西洋彫刻の技法と在来の鋳金技術が融合することで、独自の表現領域を切り拓いてきた。本作においても、麒麟の筋肉の緊張、たてがみの流れ、翼の羽毛に至るまで、鋳造とは思えぬほど繊細な造形が施されている。
表面処理には過度な装飾性は見られず、金属の質感そのものが静謐な存在感を放っている。これは、祝賀的作品でありながら、華美を避け、品位と抑制を重んじる皇室美術の美意識をよく体現していると言えるだろう。光を受けて柔らかく反射する銅の肌は、時間の経過とともに深みを増し、象徴としての麒麟に永続性を付与している。
また、本作が置物という形式を採っている点も重要である。記念碑的彫刻ではなく、あくまで室内空間に置かれる造形物として構想されたことは、麒麟を権威の誇示ではなく、静かな祈りと祝意の象徴として位置づけている。そこには、国家的行事と個人的敬意が交差する、極めて日本的な贈答文化の姿が見出される。
香淳皇后のご兄妹から贈られたという事実も、本作の意味をいっそう深めている。皇后個人の品位と教養、そしてその家族が共有する精神的価値が、この麒麟像には重ね合わされている。麒麟は徳ある君主の治世に現れるとされるが、それは同時に、支える者たちの徳と調和をも象徴する存在である。
《麒麟置物》は、昭和という時代の入口に立ちながら、過去と未来を静かにつなぐ彫刻である。伝統的瑞獣の造形に近代的解釈を重ね、鋳造技術の粋を凝らして生み出されたこの作品は、祝賀のための美術品という枠を超え、日本近代彫刻が到達した精神性を今に伝えている。翼を広げながらも大地に立つ麒麟の姿は、変化の時代における理想と均衡の象徴として、なお静かに語りかけてくるのである。
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