【宮津】速水御舟ー東京国立近代美術館所蔵

宮津
速水御舟 新南画の胎動と海辺の詩情
速水御舟の《宮津》は、近代日本画が自らの進むべき方向を模索していた時代の、静かな転回点を示す作品である。1915年に制作されたこの一幅は、後年の御舟が到達する精緻で緊張感に満ちた画境とは異なり、どこか解き放たれた空気をまとっている。その佇まいは、技巧の誇示よりも感覚の呼吸を優先し、風景そのものが内側から立ち上がってくるような、穏やかな強度を宿している。
御舟はしばしば、極端な完成度と厳密な造形意識を備えた画家として語られる。しかし《宮津》において私たちが出会うのは、完成へ向かう過程そのものを肯定するような、柔らかな筆致と構成である。この作品は、御舟がいわゆる「新南画」と呼ばれる方向性に深く関与していた時期の代表作であり、彼の芸術が一時的に獲得した自由と開放性を雄弁に物語っている。
「新南画」とは、単に南画を近代化した様式ではない。文人画としての南画が内包してきた精神性、すなわち自然と対話し、自己の感情や思想を風景に託す態度を、近代的な感覚と結びつけて再解釈しようとする試みであった。そこでは、忠実な再現や定型的な構図は後景に退き、画家自身の身体感覚や視覚体験が前面に押し出される。御舟の《宮津》は、まさにそのような意識のもとで描かれた風景である。
描かれているのは、京都府北部、丹後地方の港町・宮津の一角である。画面には、漁村の日常を象徴する漁網干しの棹が林立し、その向こうに海と対岸の陸影が淡く広がる。構図は単純でありながら、垂直線と水平線が織りなすリズムは、画面全体に静かな緊張と安定をもたらしている。棹の反復は、単なる風景要素にとどまらず、空間を刻む音楽的な律動として機能している。
この作品の最も印象的な特徴は、描写の「ゆるさ」にある。それは決して未熟さや省略の結果ではない。むしろ、対象を厳密に捉えようとする意志を一度手放し、視覚に立ち現れる印象そのものを信じる態度から生まれたものである。海と空の境界は曖昧に溶け合い、遠景の輪郭は確定されることなく、湿度を帯びた空気の中に消え入る。この曖昧さが、風景に時間の厚みを与え、観る者をその場に立たせる。
ここには、今村紫紅の影響を見逃すことはできない。紫紅は、自然を外在的な対象として描くのではなく、自己の内面と共鳴する場として捉えた画家であった。その風景はしばしば輪郭を失い、色彩や筆触が感情の媒体として働く。御舟は紫紅のその姿勢に強く共鳴し、写実を超えた表現の可能性を学び取った。《宮津》に漂う感覚的なやわらかさは、まさに紫紅から引き継がれた精神の反映である。
もっとも、御舟は紫紅の模倣にとどまる画家ではなかった。彼は常に、自己の方法を模索し続ける存在である。《宮津》における「おおらかさ」は、後年の御舟が到達する極度の緊張感とは対極にあるように見えるが、実はこの両者は断絶していない。対象と向き合う際の誠実さ、自然を前にした沈黙の姿勢は、一貫して御舟の中に流れている。その表れ方が、この時期には、より開放的な形を取っているに過ぎない。
漁村という題材もまた重要である。都市でも名勝でもない、生活の匂いを帯びた場所。そこでは人間の営みが自然のリズムと密接に結びついている。《宮津》に描かれる棹や小屋は、人の存在を強く主張しない。むしろ風景の一部として溶け込み、自然と拮抗することなく共存している。その関係性が、画面全体に穏やかな倫理性を与えている。
《宮津》は、近代日本画が西洋絵画と対峙しながら、自らの言語を探していた時代の記録でもある。表現主義的な感覚、印象派的な視覚体験を内包しつつも、それをそのまま移植するのではなく、南画の精神を媒介として再構成する。この慎重で誠実な態度こそが、「新南画」の核心であり、御舟が果たした役割であった。
やがて御舟は、この「ゆるさ」から距離を取り、驚くべき集中力と技術によって、独自の写実と象徴性を確立していく。しかし、その厳しさの背後には、かつて《宮津》において獲得された、風景に身を委ねる感覚が潜んでいる。この作品は、御舟の芸術における一時的な逸脱ではなく、むしろ深層を形づくる重要な層なのである。
《宮津》は、静かで控えめな作品である。しかしその静けさは、思索を誘う深度を備えている。そこには、自然と人間、伝統と革新、再現と表現の間で揺れ動く近代日本画の精神が、海辺の湿った空気とともに封じ込められている。観る者は、この絵の前で立ち止まり、風景を眺めるという行為そのものの意味を、あらためて問い直すことになるだろう。
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