【森へ行く日】舟越桂‐東京国立近代美術館所蔵

【森へ行く日】舟越桂‐東京国立近代美術館所蔵

舟越桂の「森へ行く日」(1984年制作)は、1980年代日本の彫刻界で革新性を示した代表的な作品であり、具象彫刻に新たな可能性を切り開いた重要な作品です。この彫刻は、楠(くす)の木を素材に、目には大理石を用い、肩部分にはゴムチューブが使われています。舟越は、これらの素材を用いることで、従来の彫刻における表現方法を一歩進め、視覚的、触覚的な新しい次元を彫刻に持ち込みました。この作品は、彼の具象彫刻に対する革新的なアプローチを象徴するものであり、視覚的な印象だけでなく、物質的、感覚的な体験を通じて観る者に深い思索を促します。

舟越桂(1951年生まれ)は、1970年代後半から1980年代初頭にかけて、日本の彫刻界で独自のスタイルを確立した作家です。彼は特に具象彫刻において新たな表現方法を模索し、その成果を「森へ行く日」をはじめとする作品に反映させました。1970年代から1980年代初頭の日本は、戦後の抽象表現から具象表現へと移行する時期であり、舟越はその流れの中で、具象彫刻を現代的な感覚で再構築しようと試みました。

舟越が具象彫刻において新たな地平を切り開く過程は、単に従来の形態を模倣するものではなく、素材の特性を最大限に活かし、人体の形態を視覚的だけでなく感覚的にも強調することにありました。彼の彫刻は、人体の一部を切り取ることで、観る者に強い印象を与えるとともに、物質感や存在感を追求している点が特徴的です。この点で、舟越桂は日本の具象彫刻を革新し、彫刻の表現方法を刷新しました。

「森へ行く日」は、人物の半身像を描いた彫刻です。この作品では、舟越桂が選んだ素材が非常に重要な役割を果たしています。最も目を引くのは、楠(くす)の木が使われていることです。楠の木は、その温かみと独特の木目が特徴で、舟越桂にとっては非常に親しみのある素材でした。この木は柔らかさを持ちながらも、形をしっかりと保持する特性があり、彫刻において人体の形態を表現するのに適した素材でした。舟越は、楠の木を使って人物の姿勢や身体のディテールを非常に精緻に彫り込み、木材が持つ温かみを活かして、彫刻に対する視覚的な感覚を与えました。

作品の目部分には大理石が使用されており、この選択も非常に重要です。大理石は冷たく硬い素材で、楠の木とは対照的に硬質な印象を与えます。舟越は目に大理石を使うことによって、人物像に不思議な深みと異質な感覚を加えました。大理石は、ただの装飾的な役割にとどまらず、人物像が持つ内面的な深さや冷徹さを表現していると言えます。この目の部分に使用された大理石は、彫刻に対する新しいアプローチを試みた象徴的な選択でした。

また、作品の肩部にはゴムチューブが使われています。このゴムチューブは、舟越桂がデッサンで表現した「つやと粘り気のある黒い帯状の存在」を表現するための重要な要素です。ゴムチューブは非常に柔軟でしなやかな素材であり、木材や大理石の硬さとは異なる感覚を彫刻に加えています。舟越はこのゴムチューブを使うことで、物質的な動きや感触を彫刻に取り入れ、作品にさらなる生命力を吹き込んでいます。ゴムチューブの存在は、彫刻の動的な要素として視覚的に重要な役割を果たし、彫刻が単なる静的な形態ではなく、生命感を持った存在として表現されていることを強調しています。

「森へ行く日」の人物像は半身像として表現されていますが、この形式選びにも深い意味があります。舟越桂は、全身像では「不特定多数の人々」を、首像では「その人の人格」を強調するが、半身像では「物体としてそこに存在する感じ」が強くなると述べています。この半身像の形式は、人物像のアイデンティティや個性を強調するのではなく、より普遍的な存在として捉えるために選ばれました。

このアプローチは、彫刻が持つ「物質感」を強調し、観る者に物体としての「存在感」を感じさせる効果があります。半身像は、観る者にとって人物が持つ特定の個性を超え、物質的な存在そのものとして捉えさせます。舟越桂は、具象彫刻を通じて「人間」というテーマに対する普遍的なアプローチを取ることによって、人物像の形態をより広い視野で捉えようとしました。

「森へ行く日」には表現主義的な特徴が色濃く表れています。舟越桂は、人物の形態において感覚的で直感的なアプローチを取り、彫刻の表現を自由で柔軟なものにしました。作品に使われている楠の木、大理石、ゴムチューブなどの異なる素材は、視覚的な効果を狙ったものだけでなく、それぞれが持つ感覚的な特徴を引き出すために選ばれています。舟越は彫刻において、素材そのものが持つ質感や触覚的な反応を大切にし、それを視覚的な美しさや形態的な表現に結びつけることを試みました。

また、ゴムチューブや大理石の使用に見られるように、舟越は物質的な要素を単なる形態の一部としてではなく、彫刻の感覚的な側面を強調するための重要な手段として活用しています。これによって、作品全体が観る者に対して視覚的なインパクトを与えるだけでなく、物質感や身体的な感覚を呼び起こすことを目的としているのです。

「森へ行く日」は、舟越桂が具象彫刻に新しい次元を加えた作品であり、彼の彫刻に対する革新的なアプローチを示しています。楠の木、大理石、ゴムチューブといった異なる素材を用いることで、彫刻に新たな感覚的、視覚的な次元を加えています。半身像という形式選びは、人物像の普遍的な存在感を強調し、観る者に深い印象を与えます。また、舟越桂が追求した表現主義的なアプローチは、彫刻における物質的な感覚を重要視し、視覚的な美しさを超えて触覚的な体験をも提供するものでした。この作品は、具象彫刻の枠を超えて、新たな表現の可能性を広げるものとして、今なお多くの人々に感銘を与え続けています。

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