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- 【ユリウス2世・デッラ・ローヴェレ教皇の墓のデザイン Design for the Tomb of Pope Julius II della Rovere】イタリア‐ルネサンス期画家ミケランジェロ・ブオナローティ(Michelangelo Buonarroti)
【ユリウス2世・デッラ・ローヴェレ教皇の墓のデザイン Design for the Tomb of Pope Julius II della Rovere】イタリア‐ルネサンス期画家ミケランジェロ・ブオナローティ(Michelangelo Buonarroti)
- 2023/9/28
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ミケランジェロ・ブオナローテ(Michelangelo Buonarroti)が1505年から1506年にかけて制作した「ユリウス2世・デッラ・ローヴェレ教皇の墓のデザイン」は、ルネサンス期の芸術家ミケランジェロによる重要なプロジェクトの一部です。このデザインは、当時のローマ教皇であるユリウス2世(Pope Julius II della Rovere)のために計画された大規模な墓碑の設計であり、ミケランジェロが教皇に雇われた際に始まりました。
ミケランジェロのデザインには、多くの要素が含まれており、特に有名なのは「ダヴィデ像」で知られる巨大なダヴィデ像が墓の一部として計画されていたことです。しかし、この壮大なプロジェクトは多くの困難に直面し、実際には完成されなかった。その後、ユリウス2世教皇の死後、ミケランジェロは他のプロジェクトに取り組むこととなり、ダヴィデ像も独立した作品として完成しました。
「ユリウス2世・デッラ・ローヴェレ教皇の墓のデザイン」は、ミケランジェロの芸術的才能と創造力を示すものであり、彼の彫刻技術や美学の重要な一端を表しています。ミケランジェロはルネサンス期の芸術家として非常に影響力があり、彼の作品はその後の芸術に深い影響を与えました。
1505年までに、教皇ユリウス2世・デッラ・ローヴェレ(在位:1503年-1513年)は、彼自身のために新しいサン・ピエトロ大聖堂に壮大な墓を建設する計画を考え始め、ミケランジェロに彫刻プロジェクトを委託しました。ミケランジェロは、ブラマンテ(Donato Bramante)の設計に従って建設されている新しいサン・ピエトロ大聖堂内に、教皇のための墓碑を制作するプロジェクトを担当しました。
おそらく1505年の3月から4月に、ミケランジェロは墓碑のプロジェクトの最初の図面を作り始めたとされています。最初の(失われた)契約によれば、この墓碑は10,000ドゥカートで建設され、5年で完成し、設置場所は後で決定される予定でした。これらの意向のいくつかは、ミケランジェロが1506年5月2日にローマの建築家ジュリアーノ・ダ・サンガッロ(Giuliano da Sangallo)に宛てた手紙で間接的に示されています。教皇の芸術的な嫉妬の中で、ジュリアーノが教皇をミケランジェロを墓碑の彫刻家として選ぶように勧めたのです。
この文書は、ミケランジェロが教皇のために制作した墓碑プロジェクトに関する初期の段階の情報を提供しており、その後の歴史的な出来事と芸術的なプロジェクトの背後にある文脈を示しています。
画像出所:メトロポリタン美術館
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