【魔術の創造】寺田政明‐東京国立近代美術館所蔵

魔術の創造
生命と無意識の錬成
寺田政明の《魔術の創造》は、1938年という時代の緊張を背景にしながら、現実と幻想、科学と神秘、身体と精神とが静かに交錯する特異な画面を成立させている。油彩によって描かれたこの作品は、日本近代美術におけるシュルレアリスム受容の一側面を示すと同時に、寺田という画家の思考の深層を可視化した重要作である。そこに描かれているのは物語ではなく、むしろ生成の場であり、生命と意識が形を得る以前の、未分化な状態そのものだと言えるだろう。
1930年代の日本美術は、西洋から流入した前衛思想と、国家や社会の現実とのあいだで揺れ動いていた。合理性や科学的思考が浸透する一方で、理性では捉えきれない無意識や精神の領域への関心もまた高まっていた。シュルレアリスムは、そうした時代精神と共鳴しながら、単なる様式ではなく、一つの思考の方法として受け取られていく。寺田政明は、その運動を模倣するのではなく、自身の関心と経験を媒介にして、独自のかたちへと変換した画家であった。
寺田の制作を特徴づけるのは、自然科学への強い関心である。彼は博物館や植物園、動物園に通い、骨格標本や植物の構造、動物の身体に潜む秩序を丹念に観察した。そこにあったのは、生命を構成する形態への驚きと、それを記述しようとする冷静な眼差しである。しかし、寺田にとって観察は目的ではなく、むしろ入口に過ぎなかった。彼が見つめていたのは、形の背後に潜む生成の原理であり、生命が生命である以前の、曖昧で不安定な状態であった。
《魔術の創造》の画面には、明確な地平線や重力の安定は存在しない。上部には、青く輝く不定形の物体が宙に浮かび、下方には骨格や内臓、植物の断片を思わせる形態が集積している。それらは互いに融合し、分離し、固定された意味を拒むように配置されている。青い物体は、具体的な名称を持たず、象徴としてのみ機能する。それは意識の核であり、生命の種子であり、あるいは生成そのもののイメージとも読み取ることができる。
色彩は抑制されながらも、緊密な関係性を保っている。寒色系の青は、画面全体を支配することなく、むしろ異質な存在として浮かび上がる。その対照として、下部に配された褐色や灰色、肉感を帯びた色調は、身体性や物質性を強く喚起する。これらの色彩の緊張関係は、精神と肉体、抽象と具象のあいだに横たわる断絶と接続を同時に示している。
シュルレアリスムにおいて重要視されたのは、夢や無意識がもたらすイメージであった。しかし寺田の作品における幻想性は、甘美さや逸脱の感覚よりも、むしろ冷ややかな分析性を帯びている。骨格や内臓といったモチーフは、生命の神秘を象徴する一方で、その脆弱さや不完全さをも露わにする。生命は崇高であると同時に、分解可能な構造体でもあるという二重性が、画面の随所に刻み込まれている。
《魔術の創造》という題名は、この作品の理解に重要な手がかりを与えている。ここで言う「魔術」とは、超自然的な奇跡を指すものではない。むしろ、形なきものが形を得る過程、すなわち生成そのものを指していると考えられる。寺田は、生命が立ち上がる瞬間を、科学と神秘の境界領域において捉えようとした。画面に散在する形態は、完成された存在ではなく、生成の途上にある断片であり、未だ名付けられていない存在である。
1938年という制作年を考えれば、この作品が持つ意味はさらに複雑なものとなる。社会が急速に硬直化し、個の思考や内面が抑圧されつつあった時代において、無意識や生命の根源に目を向ける行為は、静かな抵抗でもあっただろう。寺田は直接的な社会批評を行わない。しかし、理性や制度によって回収されない領域を描き出すことで、人間存在の多層性を示そうとした。
《魔術の創造》は、寺田政明が到達した一つの結節点である。それはシュルレアリスムの影響を受けながらも、西洋的理論の枠内に収まることなく、日本的な自然観や生命観と深く結びついている。自然と身体、意識と無意識、科学と神秘が分断されることなく、静かに共存するこの画面は、近代という時代が抱えた矛盾を、寓話ではなく構造として提示している。
この作品が今なお強い印象を放つのは、そこに描かれているものが完成された答えではなく、問いそのものであるからだろう。生命とは何か、意識はどこから生まれるのか。その問いは、時代を超えて、観る者の内部で再び生成される。《魔術の創造》は、見るための絵画であると同時に、考えるための場なのである。
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