【集積の大地】草間彌生‐東京国立近代美術館所蔵

集積の大地
草間彌生 初期絵画における生成と世界感覚

1950年に制作された《集積の大地》は、草間彌生という稀有な芸術家の歩みを振り返るとき、静かでありながら決定的な始点として位置づけられる作品である。それは後年の水玉や無限網に象徴される強烈なヴィジョンとは異なり、まだ輪郭を定めきらない思考と感覚が、素材と絵具を通して慎重に、しかし切実に探られている場である。この一枚には、戦後日本の地方都市に生きた若き芸術家が、世界と向き合い、自らの表現を獲得しようとする切迫した気配が濃密に漂っている。

草間彌生は、幼少期を長野県松本で過ごした。種苗業を営む家庭環境は、彼女にとって自然や物質との近接を日常的なものとし、土、種、袋といった具体的な存在が、感覚の奥深くに刻み込まれる土壌となった。《集積の大地》が描かれた1950年、草間はまだ20代前半であり、芸術家としての進路も、表現の方法も、確固たるものとしては定まっていなかった。しかしその不確かさこそが、この作品の内的な緊張を支えている。

当時の草間は、日本画を学びながらも、その制度化された形式や価値観に強い違和感を抱いていた。一方で、西洋近代美術、とりわけ抽象的な表現が持つ自由さや、内面と世界を直接的につなぐ力に惹かれていく。《集積の大地》は、そうした二つの方向性がせめぎ合うなかで生まれた、過渡的でありながらも極めて本質的な試みである。

この作品を特徴づける最も顕著な要素のひとつが、支持体として麻袋が用いられている点である。麻袋は、絵画において一般的に想定される洗練されたキャンバスとは異なり、粗く、不均質で、生活の匂いを色濃く帯びた素材である。草間はこの麻袋を、単なる代替材料としてではなく、積極的に選び取っている。そこには、自身の出自と記憶、そして物質そのものが持つ歴史性への直感的な信頼が読み取れる。

麻袋の繊維は、絵具を均一には受け止めない。その凹凸やほつれは、画面に予測不能な変化をもたらし、描く行為を常に素材との対話へと引き戻す。《集積の大地》において、絵具は表面に覆いかぶさるのではなく、麻袋の隙間に染み込み、絡みつき、堆積していく。ここで絵画は、イメージを描写する場というよりも、物質が集まり、重なり、時間を孕む「地層」のような存在となる。

作品に現れる形態は、具象と抽象の境界に位置している。明確なモチーフは存在しないが、画面全体からは、大地、微生物、細胞、あるいは無数の生命の兆しを思わせる有機的な気配が立ち上がる。それらは自然を直接描写するものではなく、むしろ自然が持つ生成と蓄積の原理を、感覚的に写し取ったものといえるだろう。草間はここで、見る対象としての自然ではなく、内面に沈殿した自然の感覚を絵画化している。

油絵具の使用もまた、草間にとって大きな転換であった。日本画の顔料とは異なり、油絵具は重く、粘性をもち、時間とともに乾き、層を成す。《集積の大地》では、色彩が単独で機能するのではなく、重なり合うことで密度を生み出し、画面に奥行きと重量感を与えている。その色は華やかさよりも沈潜を帯び、土や鉱物を思わせる低音域に留まっている。この抑制された色調は、作品全体に静謐さと同時に、内側から膨張するエネルギーを与えている。

ここで重要なのは、《集積の大地》が単なる形式的実験ではなく、草間自身の世界観と切り離せない点である。後年、彼女は「文化は時代の新しい産物であり、世界の空気を呼吸するものだ」と記しているが、その思想の萌芽はすでにこの作品のなかに見出すことができる。草間にとって芸術とは、過去の様式を継承することではなく、現在を生きる感覚を引き受け、未来へと接続する行為であった。

《集積の大地》における「集積」という言葉は、物理的な重なりを意味するだけではない。それは記憶の集積であり、感覚の堆積であり、時代の層でもある。戦後という不安定な時代を背景に、草間は個人的な体験と社会的な空気を無意識のうちに絡め取り、それを画面に沈めている。この作品は、声高な主張を行わない代わりに、沈黙のなかで多くを語る。

のちに草間は海を渡り、ニューヨークで前衛美術の最前線に身を置くことになる。しかし、無限に反復される水玉や網目の背後には、すでに《集積の大地》で示された「集め、重ね、覆い尽くす」という感覚が潜んでいる。そこには一貫した世界認識があり、表現の形態が変化しても、その核は失われていない。

《集積の大地》は、草間彌生が芸術家として自らを形づくる最初期の証言である。それは完成されたスタイルを示すものではなく、むしろ生成の過程そのものを刻み込んだ作品であるがゆえに、今日においてもなお新鮮な問いを投げかける。個人の記憶と物質、時代と身体が交差するこの一枚は、草間彌生の芸術が世界へと開かれていく、その原点を静かに照らし出している。

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