【「十字架の木」のための習作】アーシル・ゴーキー‐東京国立近代美術館所蔵

「十字架の木」のための習作
記憶と再生を描くアーシル・ゴーキーの内的風景
アーシル・ゴーキーの作品に向き合うとき、そこには常に「失われたもの」の気配が漂っている。20世紀アメリカ美術、とりわけ抽象表現主義の形成に決定的な役割を果たした彼の芸術は、形式的革新の歴史として語られる一方で、きわめて個人的で痛切な記憶の層に深く根ざしている。1946年頃に描かれた《「十字架の木」のための習作》は、その両義性――すなわち前衛的抽象と私的回想の交差点――を静かに、しかし確かな強度をもって示す作品である。
この習作が生まれた1940年代半ばは、ゴーキーの人生において、創作と破綻が最も近接していた時期であった。アルメニアからアメリカへと渡った彼は、画家として一定の評価を得つつも、家庭生活の崩壊、健康の悪化、そして過去の記憶の再燃という重圧にさらされていた。彼の抽象は、決して形式的自律性のみを目指すものではなく、むしろ記憶の深層へと沈潜し、言語化できない感情を形態へと変換するための装置であった。
《「十字架の木」のための習作》は、インクと鉛筆によって紙の上に描かれた小品である。だが、その画面に漂う密度は、サイズを超えた広がりを感じさせる。そこに現れる線は、植物の根や枝、あるいは人体の内部構造を思わせるような有機的なうねりを持ち、明確な輪郭を拒む。形態は定着することなく、生成と消滅のあいだを往復するかのようである。
タイトルに含まれる「十字架の木」という言葉は、ゴーキーの精神的背景を読み解くうえで重要な手がかりを与える。それはアルメニアにおける伝統的な十字架石、ハチュカルを連想させる。ハチュカルは、宗教的信仰の象徴であると同時に、民族的記憶や共同体の歴史を刻み込む媒体でもある。ゴーキーにとって、この象徴は単なる文化的引用ではなく、幼少期に体験した故郷の風景や、アルメニア虐殺によって失われた家族、土地、時間への哀悼と結びついていた。
しかし、この習作において十字架は、明確な形象として提示されることはない。それは抽象化され、分解され、自然の形態と融合している。十字はもはや垂直と水平の交差ではなく、生命が分岐し、再び絡み合う運動そのものとして現れる。そこには宗教的救済という明確な物語はなく、むしろ喪失と再生が同時に進行する、循環的な時間感覚が漂っている。
インクの線は時に濃く、時に滲み、紙の表面に深い呼吸のリズムを刻む。一方、鉛筆の線は軽やかで、思考の痕跡のように画面を横断する。この二つの異なる質感は、感情の奔流と理性的な構成意識との拮抗を示しているかのようである。ゴーキーは偶然性に身を委ねつつも、完全な放任には陥らない。線は自由でありながら、画面全体に見えない秩序を形成している。
構図においても、中心と周縁の関係は曖昧である。ある一点に視線を固定することはできず、観る者の目は線の流れに導かれて画面を漂流する。この浮遊感は、特定の場所や時間に帰属しない記憶の性質と響き合う。ゴーキーの抽象は、現実から切り離された純粋形態ではなく、むしろ場所を失った記憶が仮住まいする空間なのである。
この習作が示すのは、完成作に至るための準備段階という以上に、ゴーキーの創作の根源的な姿勢である。彼にとって制作とは、過去を整理し、癒やす行為であると同時に、再び傷を開く行為でもあった。線を引くことは、記憶に触れることであり、その都度、喪失の感覚が呼び覚まされたに違いない。それでもなお彼は描き続けた。そこに、芸術が彼にとって生存と不可分であったことが示されている。
抽象表現主義の文脈において、ゴーキーはしばしば「橋渡し」の存在として語られる。ヨーロッパ・モダニズムの語彙をアメリカ的表現へと接続した画家としてである。しかし、《「十字架の木」のための習作》が語るのは、美術史的役割以上に、ひとりの人間がいかにして記憶と向き合い、それを形に託したかという物語である。その抽象は、普遍性を獲得する以前に、きわめて切実な私性を抱えている。
東京国立近代美術館に所蔵されるこの習作は、完成された絵画の背後に潜む、脆くも誠実な思考の痕跡を伝えている。線の震え、形態の未決定性、そして静かな集中力。それらは、ゴーキーの芸術が単なる様式ではなく、生の経験から必然的に立ち上がったものであることを雄弁に物語る。
《「十字架の木」のための習作》は、記憶の痛みと再生への希求が、抽象というかたちを借りて結晶した作品である。そこに描かれているのは、特定の物語ではない。しかし、観る者が自身の記憶や感情を重ねる余地は大きく開かれている。ゴーキーの線は、過去に根を張りながらも、未来へと伸び続ける。その静かな運動は、今なお観る者の内面に共鳴し続けている。
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