【神話 神々の誕生】芥川紗織‐東京国立近代美術館所蔵

神話 神々の誕生
芥川紗織 染布による創世のヴィジョン
戦後日本美術の展開において、芥川紗織が占める位置は、いまだ十分に語り尽くされたとは言い難い。油彩から出発し、やがて染料と布という素材に深く分け入った彼女の制作は、単なる技法的転換にとどまらず、日本的精神の根源へと向かう思索の軌跡そのものであった。その到達点の一つとして挙げられるのが、一九五六年に制作された《神話 神々の誕生》である。
この作品は、東京国立近代美術館に所蔵され、第41回二科展に出品されたことで広く注目を集めた。だがその評価は、展覧会的成功にとどまらず、芥川自身の内的変容と、日本美術における神話表現の可能性を示すものとして、今日なお重要な意味を持っている。
芥川紗織は、異色の経歴を持つ作家である。東京音楽学校で声楽を学び、結婚と出産、育児を経たのちに本格的に美術の道へと進んだ彼女は、初期には女性の身体や感情を主題とした激しい表現で知られた。叫び、笑い、髪を逆立てる女たちの姿は、戦後社会における女性の内面を露わにするものであり、観る者に強烈な印象を与えた。
しかし、芥川の関心は次第に個人的な感情の表出から、日本という文化の深層へと移行していく。その転機となったのが、古事記をはじめとする神話や民間伝承との出会いであった。藤沢衛彦編『日本民族伝説全集』を繰り返し読み込むなかで、芥川は神話を過去の物語としてではなく、現代においてもなお生き続ける象徴体系として捉えるようになる。
《神話 神々の誕生》は、こうした思索の成熟のなかで生まれた作品である。画面には具体的な神名や物語の場面が直接的に描かれているわけではない。そこにあるのは、色と形、滲みと重なりによって立ち現れる、生成の気配そのものだ。染料が布へと浸透し、境界を曖昧にしながら広がっていく様子は、神々が次々と生まれ、世界が形を得ていく創世の過程を暗示している。
芥川が選んだ素材は、この主題と深く結びついている。布は、紙やキャンバスとは異なり、柔軟で、内部に空気を含み、触覚的な想像を喚起する存在である。そこに染み込んだ色彩は、表面にとどまらず、素材の奥行きへと沈み込み、時間を孕んだ痕跡として定着する。この特性こそが、神話という時間以前の物語を視覚化するうえで、決定的な意味を持った。
色彩構成に目を向けると、赤や金を思わせる暖色系と、青や緑に代表される寒色系が、緊張関係を保ちながら画面を支配している。それらは単なる装飾的効果ではなく、生命の誕生、神聖性、混沌と静寂といった相反する要素を象徴的に担っている。色が滲み合う箇所では、明確な境界が失われ、生成と消滅が同時に起こるかのような印象を与える。
形態もまた、象徴性に満ちている。円環や螺旋を思わせる構成は、始まりと終わりを持たない循環的時間を示唆し、古事記に描かれる国生み、神生みの物語と静かに共鳴する。そこには叙事的な説明はなく、むしろ観る者自身が神話の気配を感覚的に受け取る余白が残されている。
この作品が放つ力は、視覚にとどまらない。布という素材が喚起する触覚性は、観る者の身体感覚にまで及び、神話を「見る」ものから「感じる」ものへと変容させる。芥川は、神話を再現するのではなく、神話が持つ根源的エネルギーを、現代の感覚において再び立ち上がらせようとしたのである。
《神話 神々の誕生》は、芥川紗織の制作の中核をなす作品であり、日本美術における神話表現の一つの到達点といえる。戦後という断絶の時代にあって、彼女は過去へ回帰するのではなく、古代の物語を媒介として、新たな創造の可能性を切り拓いた。その静かで力強いヴィジョンは、今なお観る者に問いを投げかけ続けている。神話とは何か、そして創造とはどこから始まるのか。その問いは、布に染み込んだ色彩の奥から、今もなお立ち上がってくる。
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