【飼猿とカッパの争い(河童百図の内 第25図)】小川芋銭ー東京国立近代美術館所蔵

飼猿とカッパの争い
小川芋銭「河童百図」にみる戯画と近代精神
小川芋銭の描いた河童は、妖怪でありながら、どこか人間よりも人間的である。その姿は恐怖や異形を誇張するものではなく、むしろ滑稽さや哀愁、時には理不尽さをまとい、私たちの日常の延長線上に現れる存在として描かれている。「飼猿とカッパの争い(河童百図の内 第25図)」は、そうした芋銭芸術の本質が、最も端的かつ象徴的に表れた一作である。
本作は、芋銭が長年にわたって取り組んだ「河童百図」連作の中の一図である。「河童百図」は単なる戯画集ではなく、近代日本が経験した価値観の揺らぎや、人間存在そのものへの根源的な問いを、寓意的かつ親しみやすい形で提示した視覚的思索の集積であった。河童という存在は、自然と人間、理性と本能、文明と野生の狭間に位置づけられ、芋銭にとっては人間社会を映すための最良の媒介であったと言える。
「飼猿とカッパの争い」に描かれるのは、河辺を舞台に繰り広げられる猿と河童の衝突である。画面に満ちる緊張感は、決して劇的な誇張によるものではない。墨線は抑制され、淡彩は静かに配され、全体はむしろ簡潔である。しかし、その簡潔さこそが、争いの愚かさと不可避性を鋭く浮かび上がらせる。二者は激しく対峙しながらも、どちらが正義であるかは示されない。芋銭は裁定者として振る舞うことを拒み、ただ状況そのものを淡々と提示する。
猿は、日本美術において古くから擬人化の象徴として扱われてきた存在である。知恵や狡猾さ、時に滑稽さを帯び、人間社会の縮図として機能してきた。一方、河童は人間に似て非なる存在であり、文明の外部、あるいは自然の側から人間を眺める視点を体現する。この二者が争う構図は、人間同士の争いであると同時に、人間と自然、内と外、支配と抵抗の象徴的対立としても読める。
特筆すべきは、芋銭が「飼猿」という設定を選んでいる点である。猿は野生動物でありながら、人に飼われ、調教され、芸を仕込まれる存在である。その猿が河童と争う姿は、文明化された存在が、自然や異界を象徴する存在と衝突する寓意を帯びる。そこには、近代化の過程で人間が自然を管理し、支配しようとした構造への批評が潜んでいるようにも見える。
芋銭の画面は、決して騒がしくない。争いの場面でありながら、背景は広く、余白が大きく取られている。その静けさは、争いが一時的な感情の爆発にすぎず、より大きな世界の流れの中では取るに足らない出来事であることを示唆する。ここに、芋銭特有の諦観と慈しみがある。彼は人間の愚かさを笑いながらも、それを断罪しない。むしろ、その愚かさこそが人間であることの証であるかのように、静かに受け止めている。
技法の面でも、本作は芋銭の成熟をよく示している。墨画淡彩による表現は、輪郭線に頼りすぎることなく、動きと感情を最小限の筆致で伝える。猿と河童の身体は誇張されながらも、決して破綻しない。そこには、長年の写生と観察に裏打ちされた確かな造形感覚がある。同時に、その造形は写実を目的とせず、象徴としての形へと昇華されている。
この作品が生まれた大正から昭和初期にかけて、日本社会は急速な変化の渦中にあった。都市化、産業化、西洋化が進む一方で、伝統的な価値観や自然との関係性は揺らいでいた。芋銭の河童たちは、そうした時代の不安や矛盾を一身に引き受ける存在であった。彼らは人間を模倣し、人間社会の滑稽さを演じることで、観る者に自己省察を促す。
「飼猿とカッパの争い」は、笑いを誘いながらも、容易には忘れがたい余韻を残す。その余韻は、争いの果てに何が残るのか、そもそも争う必要があったのかという問いへと、静かに私たちを導く。芋銭の視線は常に低く、弱き者、滑稽な者、敗れた者に寄り添っている。そこにこそ、彼の絵画が持つ近代的精神が宿っている。
本作は、妖怪画という枠組みを超え、人間存在そのものを映し出す鏡である。猿と河童の争いは、決して過去の寓話ではない。価値観が衝突し、立場が対立し、理解がすれ違う現代においても、この小さな画面は静かに問いを投げかけ続けている。芋銭の河童は、今なお私たちの足元の水辺に潜み、争う私たちの姿をじっと見つめているのである。
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