【青磁青華唐獅子文花瓶】2代宮川香山-皇居三の丸尚蔵館収蔵

青磁に躍る王獣
昭和宮廷を飾った二代宮川香山の陶芸的達成
静かな青のうちに、獅子たちは息づいている。皇居三の丸尚蔵館に収蔵される《青磁青華唐獅子文花瓶》は、二代宮川香山が昭和三年(一九二八)に制作した、日本近代陶芸を代表する名品のひとつである。それは単なる花瓶という器物の枠を超え、昭和という新たな時代の幕開けに際して、国家的儀礼と深く結びつきながら生み出された、象徴性と技術性の結晶とも言うべき作品である。
本作が制作された昭和三年は、昭和天皇の即位を寿ぐ「昭和の大礼」が執り行われた年であった。大正から昭和へと元号が改まり、日本社会が新たな局面へと歩み出すこの時期、宮内省は儀礼にふさわしい美術工芸品を数多く求めた。その中で本作は、宮内省の依頼によって制作され、完成後、香淳皇后から昭和天皇へと献上された。ここにおいて、この花瓶は私的な鑑賞の対象ではなく、皇室の祝賀と国家の象徴を体現する存在として位置づけられることとなったのである。
二代宮川香山は、初代香山の名声と技を継承しつつ、近代陶芸の新たな可能性を切り拓いた陶芸家であった。初代が明治期の輸出工芸を牽引し、超絶技巧の陶芸で世界的評価を得たのに対し、二代はより抑制された造形と、格調高い意匠によって、宮廷や国家的需要に応える作品を多く手がけた。その作風は華美に流れすぎることなく、伝統と近代の均衡を保ちながら、陶芸を「国家的表現」の次元へと引き上げた点に大きな特徴がある。
《青磁青華唐獅子文花瓶》においてまず目を引くのは、青磁釉の澄んだ色調である。柔らかな青緑色を帯びた釉面は、深い静謐を湛え、器全体に落ち着いた気品を与えている。青磁は、その発色が焼成条件に大きく左右される極めて繊細な技法であり、意図した色味を得るためには高度な経験と勘が必要とされる。二代香山は、この難度の高い技法を自在に操り、濁りのない、均質で奥行きのある青を実現している。
その静かな青磁の地の上に、青華、すなわち染付によって描かれるのが、八頭の唐獅子である。胴部をめぐるように配置された唐獅子たちは、N字形に身を寄せ、あるものは跳躍し、あるものは互いに睨み合う。その構図は連続的でありながら単調に陥ることなく、器を一周する視線の流れの中に、緊張とリズムを生み出している。青華の線は力強く、しかも濃淡の変化に富み、獅子の鬣や筋肉の起伏、瞬間的な動勢を的確に捉えている。
唐獅子という主題は、古来より東アジア世界において特別な意味を担ってきた。獅子は仏教とともに伝来し、魔除け、守護、権威の象徴として、日本では狛犬や獅子舞の姿で定着した。唐獅子はその中でも特に異国性と威厳を帯びた存在として認識され、王権や高貴さを示す意匠として用いられてきた。本作において唐獅子が八頭描かれている点も、単なる装飾的選択ではなく、数の持つ象徴性や、空間を充填するための周到な構成意識が読み取れる。
注目すべきは、青磁という静的で内省的な素材の上に、あえて唐獅子という動的で力感に満ちた主題を配している点である。この対照は、視覚的な効果にとどまらず、象徴的な意味をも帯びている。すなわち、静謐な秩序の中に内包された力、平和の基底に潜む守護のエネルギーが、この花瓶全体の印象を形作っているのである。それは、即位という国家的転換点において、新たな時代の安定と繁栄を祈念するにふさわしい造形的メッセージであったと言えよう。
技術的観点から見ても、本作は二代香山の成熟を示す重要作である。青磁釉と青華の併用は、発色や焼成温度の管理が難しく、両者の調和を図るには高度な技量が求められる。青磁の柔らかな釉調を損なうことなく、青華の線を鮮明に浮かび上がらせるためには、素地、絵付、施釉、焼成のすべての工程において精密な計算が必要となる。そこには、単なる技巧を超えた、工芸家としての総合的な判断力が発揮されている。
また、本作は「用の器」としての花瓶でありながら、実用性よりも象徴性が前面に押し出されている点でも特異である。花を活けることを前提としつつも、その存在自体が一つの完結した表現となっており、鑑賞者は器としてではなく、一個の造形作品として向き合うことになる。このような性格は、近代における工芸が、美術と実用品の境界を再編成していく過程を示す好例でもある。
《青磁青華唐獅子文花瓶》は、昭和という時代の始原において、皇室儀礼、国家意識、そして近代陶芸の到達点が交差する地点に生み出された作品である。そこには、過去から受け継がれた技法と象徴を、現代的な均衡感覚のもとで再構成しようとする、二代宮川香山の静かな意志が刻まれている。青磁の奥深い色の中で躍動する唐獅子たちは、単なる装飾を超え、時代の理想と祈りを体現する王獣として、今なお見る者に強い印象を与え続けている。
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