【読書】黒田清輝‐東京国立博物館黒田記念館

黒田清輝 読書
近代日本絵画が静かに頁を開いた瞬間
黒田清輝の油彩画《読書》(1891年)は、日本近代絵画の成立過程を語るうえで避けて通ることのできない作品である。それは単に一人の女性が本を読む室内画である以上に、西洋近代絵画の技法が日本人画家の身体を通して内面化され、静かに結実した瞬間を封じ込めた絵画であった。
明治という時代は、日本が急速に西洋文明を摂取しようとした時代である。政治、産業、教育と同様に、美術もまた根本的な変革を迫られた。黒田清輝は、その変革のただ中で、自らの制作を通して「近代的な視覚」とは何かを問い続けた画家であった。彼は1866年に生まれ、青年期をフランスで過ごし、アカデミックな油彩画法を体系的に学んだ最初期の日本人画家の一人である。
《読書》が描かれたのは、黒田がフランス北部の町グレーに滞在していた時期であった。パリの喧騒から離れたこの町で、黒田はラファエル・コランの指導を受けながら、人物画と光の表現に集中的に取り組んでいる。グレーでの制作は、黒田にとって技法の習得にとどまらず、絵画と生活とが密接に結びつく経験でもあった。
画面に描かれているのは、椅子に腰掛け、静かに本を読む若い女性である。モデルはマリア・ビヨー。地元の精肉商の娘であり、黒田のグレー時代を象徴する存在であった。彼女は黒田の複数の作品に登場するが、《読書》における彼女の姿は、特に内省的で、閉じた世界を感じさせる。
室内には鎧戸越しの柔らかな光が差し込み、外界の気配は慎重に遮断されている。光は劇的ではなく、あくまで穏やかに人物を包み込み、顔や手、衣服の起伏を静かに際立たせる。その光の扱いには、アカデミー派の確かな訓練と、印象派以後の感覚的な観察が共存している。
注目すべきは、人物の存在感がきわめて抑制された形で表現されている点である。視線は観者に向けられることなく、完全に書物へと沈み込んでいる。ここには、モデルを鑑賞の対象として誇示する意図はない。むしろ、読むという行為そのものが持つ「内向性」や「時間の停止」が、画面全体を支配している。
黒田の筆致は緻密でありながら、過度に説明的ではない。肌の色調、衣服の質感、背景の簡潔さは、すべてが人物の精神的な集中を妨げないために配置されているかのようである。この抑制の美学こそ、《読書》を単なる習作以上のものへと押し上げている要因であろう。
1891年、本作はサロン・ソシエテ・デ・ザルティスト・フランセに入選する。これは黒田にとって、異国の地で自らの絵画が正当に評価された最初の経験であり、日本人画家がフランスの公式美術制度に認められたという点でも象徴的な出来事であった。この成功は、黒田に確かな自信を与えると同時に、彼の視線を再び日本へと向けさせる契機ともなった。
翌年、日本に持ち帰られた《読書》は、明治美術会展に出品され、日本の画壇に静かな衝撃を与える。そこに描かれていたのは、歴史画でも風俗画でもない、日常の一瞬を切り取った近代的な視覚であった。物語性よりも知覚、技巧よりも感覚の統合が重視されたこの作品は、日本絵画の価値基準そのものを揺さぶったのである。
《読書》が示したのは、西洋画技法の単なる模倣ではなかった。黒田は、西洋的な写実と日本的な抑制、外光の理論と内面的な静けさを一つの画面の中で調停している。その均衡の上に成り立つ絵画は、以後の日本洋画が進むべき方向を静かに指し示していた。
今日において《読書》は、日本近代美術の成立を語る際の起点として位置づけられている。それは革新的でありながら、決して声高ではない。黒田清輝はこの作品によって、近代とは断絶ではなく、静かな継承と変容の積み重ねであることを、絵画という沈黙の媒体を通して語ったのである。
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