【雪】黒田清輝‐東京国立博物館黒田記念館所蔵

雪
沈黙する白――黒田清輝、晩年風景における成熟のかたち
黒田清輝の《雪》は、大正という時代の静かな気配と、画家自身の晩年の精神的成熟とが、深く重なり合う地点に成立した作品である。そこには、明治期における革新者としての黒田ではなく、西洋絵画を「導入する者」から「内在化する者」へと変貌を遂げた画家の姿が、ひそやかに刻み込まれている。本作は、華やかな主張や劇的な構図を排し、雪に覆われた風景の沈黙を通して、近代日本絵画が到達しえた一つの静謐な極点を示している。
1922年、大正11年に制作された《雪》は、黒田清輝が死の二年前に描いた油彩画であり、現在は東京国立博物館黒田記念館に所蔵されている。明治期に裸体画や外光表現をめぐって激しい議論の中心に立った画家が、晩年に選んだ主題が、人物でも都市でもなく、静まり返った冬の風景であったことは示唆的である。そこには、時代の喧騒から距離を取り、自然の中に沈潜しようとする姿勢が感じられる。
画面に広がるのは、雪に覆われた地と、淡く曇った冬空、そして簡潔に配された木立や建物である。構成はきわめて抑制され、視線を引きつける劇的な焦点は存在しない。しかし、その一見単調とも思われる画面には、微妙な色調の差異と、緩やかな光の移ろいが、丹念に織り込まれている。白は単なる白ではなく、青みや灰色、わずかな黄味を帯びながら重ねられ、雪が孕む冷気と湿度、そして沈黙の時間を伝えてくる。
黒田が生涯を通じて追究したのは、西洋絵画の技法を用いながら、日本の自然と感覚に即した表現をいかに可能にするか、という問いであった。フランス留学時代に学んだ外光表現や写実的な色彩理論は、帰国後の彼の制作を支える基盤となったが、晩年の作品では、それらが前面に主張されることはない。《雪》において光は、対象を際立たせるための劇的な効果ではなく、空気全体に均質に拡散するものとして扱われている。ここには、西洋的な光の理論が、日本的な「間」や「静けさ」の感覚と融合した結果を見ることができる。
また、本作における雪景色は、自然の厳しさや崇高さを誇示するものではない。むしろ、すべての音が吸い込まれたかのような静寂が支配し、時間の流れさえ緩やかに感じられる。その静けさは、黒田自身の内面の反映であり、長い画業の末に到達した、自己主張を超えた視線のあり方を示している。かつて新しい美術の旗手であった画家は、ここで自然に語らせ、自らは一歩退いた位置から、その佇まいを見つめている。
技法の面でも、《雪》は黒田の成熟を雄弁に物語る。油彩による滑らかな筆致は、対象の輪郭を強く主張することなく、形態を空気の中に溶け込ませる。筆の運びは穏やかで、重ねられた絵具の層は、雪の重みと同時に、その軽やかな反射を伝える。白を描くことは、色を排除することではなく、むしろ色彩感覚の極限を試す行為であることを、黒田はこの作品で静かに証明している。
大正期という時代背景もまた、本作の理解に欠かせない。明治の急激な西洋化を経て、日本社会が一種の内省期に入ったこの時代、芸術においても過剰な革新より、沈潜と再考が重んじられる傾向があった。《雪》は、そのような時代精神と共鳴しつつ、近代日本美術が単なる模倣や対立を超え、西洋と日本の感覚を内側で調停しうる段階に達したことを示している。
黒田清輝にとって《雪》は、集大成であると同時に、静かな終章でもあった。そこには、教壇に立ち、多くの後進を育てた教育者としての顔や、論争の中心に立った革新者としての姿は前面に現れない。ただ、長い時間をかけて培われた眼と感覚が、日本の冬の一場面に託されている。雪に覆われた風景は、終わりを示すものではなく、すべてを包み込み、次の季節を待つための沈黙である。
《雪》は、黒田清輝が到達した近代日本絵画の一つの完成形であり、静けさの中にこそ豊かな表現が宿ることを示す作品である。それは声高に語られる革新ではなく、白の奥に沈む時間と感情を、見る者にそっと手渡す絵画なのである。
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