【Vitebskの商店】マルク・シャガールーロシア国立博物館所蔵

Vitebskの商店
記憶が並ぶ場所
マルク・シャガールの《Vitebskの商店》(1914年制作)は、一見するとごく素朴な日常の断片を描いた作品である。しかし、その画面に静かに向き合うとき、そこに描かれているのは単なる商店の内部ではなく、画家自身の記憶、郷愁、そして精神的原風景であることが次第に明らかになる。本作は、シャガールがパリから故郷ヴィテプスクへ帰還した直後に制作された作品であり、彼の芸術における「帰郷」という主題を象徴的に体現している。
ヴィテプスクは、シャガールが生まれ育った町であり、彼の精神的形成の核となった場所である。ロシア帝国領下の地方都市であったこの町は、ユダヤ人共同体の生活と東欧独特の民俗文化が色濃く残る土地であった。シャガールは若くしてパリへ渡り、前衛的な美術動向に触れることで表現の自由を獲得したが、その一方で、故郷の風景や人々、日常の光景は彼の内面から決して失われることはなかった。《Vitebskの商店》は、まさにその内面に沈殿していた記憶が、再び現実の場所と結びついた瞬間に生まれた作品である。
画面に描かれているのは、ヴィテプスクの商店の一角である。塩漬けの魚、穀物、砂糖、小麦粉といった生活必需品が、棚や容器に収められている。それらはいずれも特別な品ではなく、当時の人々の生活に不可欠な、ありふれた食料である。しかしシャガールは、それらを冷静な静物として配置するのではなく、どこか温度を帯びた存在として描き出している。物品は単なる「物」ではなく、生活の気配と人間の営みを内包した存在として、画面の中に息づいている。
この作品において重要なのは、商店という空間が、経済活動の場としてではなく、記憶の容器として機能している点である。商店は、人々が出入りし、言葉を交わし、生活を支える品を手にする場所である。それは同時に、町の時間が凝縮された場所でもある。シャガールはこの商店を、個人的記憶と集団的記憶が重なり合う場として描いている。そこには、幼少期の視線、家族の存在、ユダヤ人共同体の生活感覚が、沈黙のうちに織り込まれている。
色彩の扱いは、シャガールの詩的感性を端的に示している。本作では、赤、青、黄、緑といった鮮やかな色彩が、現実の照明や物理的光源とは無関係に配置されている。これらの色は、視覚的再現のためではなく、記憶や感情の層を可視化するために用いられている。赤は温もりや生命感を、青は静謐と内省を、黄色は日常の輝きを象徴する。商店の内部は、現実の空間でありながら、同時に心象風景として立ち現れている。
形態においても、シャガールは現実の正確な再現から距離を取っている。物品はどこか歪み、比率は不安定で、遠近法も厳密ではない。しかしその不確かさこそが、作品に独特の親密さを与えている。これは、目で見た光景ではなく、記憶の中で再構成された光景だからである。記憶は常に正確ではなく、感情によって変形される。その曖昧さを、シャガールは意図的に画面に取り込んでいる。
《Vitebskの商店》における視点は、観察者のそれではない。画家は対象を突き放して描くのではなく、内部から見つめている。商店の中に立つ人物の姿は描かれていないが、人の気配は濃厚に感じられる。それは、画面の外に立つシャガール自身、あるいは記憶の中の少年シャガールの存在を想起させる。彼はこの空間を「見る」だけでなく、「思い出している」のである。
本作はまた、シャガールがパリで獲得した造形的自由を、故郷の主題に適用した試みとしても重要である。フォーヴィスムの色彩感覚、キュビズム的な空間の解体は、ここでは理論的実験としてではなく、感情を運ぶ器として用いられている。前衛的形式と民俗的記憶が衝突するのではなく、静かに溶け合っている点に、シャガール芸術の特異性がある。
ユダヤ人としてのアイデンティティも、この作品の底流を成している。商店に並ぶ食品は、宗教的戒律や生活習慣と密接に結びついており、共同体の文化的記憶を象徴している。それらは声高に主張されることなく、しかし確かに画面の秩序を支えている。シャガールにとって故郷とは、地理的な場所であると同時に、文化と記憶が織りなす精神的空間であった。
《Vitebskの商店》は、シャガールの作品群の中でも、静けさと内向性が際立つ一作である。そこには飛翔も奇跡も描かれていない。しかし、棚に並ぶ品々のあいだには、確かな時間の厚みと人間の温度が宿っている。日常の中に潜む詩情を掬い上げるシャガールの眼差しは、この小さな商店の内部において、最も純粋なかたちで結実している。
この作品は、故郷を描いた絵画であると同時に、失われゆく時間への静かな応答でもある。シャガールは、変わりゆく世界のなかで、変わらず心に残るものを描いた。《Vitebskの商店》は、記憶が物として並び、色として息づく場所なのである。
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