【ヴィテブスクの窓からの眺め】マルク・シャガールーロシア国立博物館所蔵

ヴィテブスクの窓からの眺め
――記憶と色彩が交差する原風景――
二十世紀美術を代表する詩人画家、マルク・シャガールの作品世界を語るとき、「故郷ヴィテブスク」という地名は、単なる出生地以上の意味を帯びて立ち現れる。それは彼にとって、記憶の源泉であり、精神の避難所であり、芸術の根幹をなす象徴的空間であった。1908年に制作された油彩画《ヴィテブスクの窓からの眺め》は、そうしたシャガールの内的風景が、最も早い段階で可視化された重要作の一つとして位置づけられる。
本作が描かれた1908年、シャガールはまだ二十代前半の青年であり、芸術家としての名声や評価とは無縁の時代を生きていた。彼は故郷ヴィテブスクで学び、生活し、やがてサンクトペテルブルク、そしてパリへと向かう運命の分岐点に立っていた。その過渡期に描かれたこの作品は、後年の幻想的で飛翔感に満ちたシャガール絵画の萌芽を孕みながらも、きわめて内省的で、静かな抒情をたたえている。
画面にまず目を引くのは、「窓」というモチーフである。窓は、内と外、私的な空間と公共の世界、現在と記憶を隔て、同時につなぐ境界装置として、古くから絵画において象徴的に用いられてきた。シャガールにとってもこの窓は、単なる建築的要素ではなく、自己の内面を世界へと開く精神的な開口部であった。室内から眺めるヴィテブスクの街並みは、写実的な再現ではなく、記憶と感情によって再構成された「心象風景」として描かれている。
窓の外に広がる家々は、現実の遠近法に従うことなく、色彩のリズムによって配置されている。緑、青、赤といった強度の高い色が、街を現実以上に生き生きとした存在へと変貌させているのは、シャガールの色彩感覚の早熟さを物語るものだ。ここでの色は、物体の表面を覆う属性ではなく、感情そのものの可視化であり、記憶に付着した温度や匂いを伴っている。
とりわけ印象的なのは、空に架かる虹のような色彩の弧である。それは自然現象の再現というよりも、祝福や希望、あるいは失われゆくものへの祈りを象徴する記号として機能している。ユダヤ的伝統において虹が持つ象徴性――神と人間を結ぶ契約のしるし――を想起するならば、この小さな画面の中に、シャガールの精神的背景がすでに深く刻み込まれていることが理解されるだろう。
また、窓辺に置かれた花束は、しばしば愛や献身、記憶の象徴として解釈されてきた。後年、妻ベラとの関係が彼の作品に決定的な影響を与えることを思えば、このモチーフもまた、後の展開を予告する静かな伏線のように見えてくる。花は咲き、やがて枯れる。しかし記憶の中では、常に最も鮮やかな瞬間の姿を保ち続ける。シャガールはそのことを、本作においてすでに直感的に理解していたかのようである。
本作には、後年のシャガールに顕著となる空中浮遊や人物の変形といった大胆な幻想性はまだ前面化していない。しかし、現実をそのまま描くことへの関心が薄れ、内的現実へと重心を移しつつある兆候は、随所に認められる。ヴィテブスクの街は、現実の地理的場所であると同時に、画家自身の精神に深く沈殿した「原風景」として再生されているのである。
この絵を貫く静謐な抒情性は、後年の激しい色彩の奔流や宗教的主題とは異なる趣を持ちながらも、シャガール芸術の核がすでにここに存在していることを雄弁に物語る。故郷を見つめるまなざしは、懐旧や郷愁にとどまらず、自身の存在を根底から問い直す行為でもあった。
《ヴィテブスクの窓からの眺め》は、旅立ちの前夜に描かれた、静かな内省の絵画である。そこには、未来への不安と期待、失われゆくものへの愛惜、そして芸術へと身を委ねる決意が、言葉を介さず、色彩と構図のうちに封じ込められている。シャガールにとってこの窓は、世界を見るための装置であると同時に、自らの内面を映し出す鏡でもあった。その窓越しに広がるヴィテブスクの風景は、彼が生涯にわたって描き続けることになる「心の故郷」の最初の姿なのである。
コメント
トラックバックは利用できません。
コメント (0)






この記事へのコメントはありません。