【三星】関根正二‐東京国立近代美術館所蔵

三星
内奥に瞬く三つの星の寓意
関根正二の《三星》(一九一九年制作)は、大正期日本洋画の精神的緊張を凝縮した、きわめて特異な作品である。そこに描かれた三人の人物は、単なる肖像でも寓意的群像でもなく、画家自身の内面が三つの光点として分有された存在のように、静かに画面に佇んでいる。本作は、技巧や様式の完成度よりも、切実な心情の表出を絵画の核心に据えた関根正二の姿勢を、最も率直に示す作品の一つといえるだろう。
関根正二は一八八八年に生まれ、正規の美術教育に深く依拠することなく、独学を基盤として絵画の道を切り拓いた画家である。明治から大正にかけて、日本の洋画界が急速に制度化・洗練化していくなかで、関根はむしろその周縁に身を置きながら、自己の内面に根差した表現を貫いた。その生涯は決して長くはなく、一九二八年、四十歳という若さで世を去るが、その短い画業の中で残された作品群は、日本近代美術史において独自の光を放っている。
関根の絵画を特徴づけるのは、いわゆる「巧さ」への距離である。形態はしばしば歪み、筆致は粗く、色彩も洗練とは異なる荒さを帯びる。しかしそれは欠如ではなく、意識的な選択であった。関根にとって絵画とは、外界を再現する装置ではなく、自己の感情と思想を直接的に刻印する場であった。彼は、技術的完成度が感情の真実を覆い隠すことを恐れ、あえて不器用さを引き受けることで、絵画を生きた表現へと引き戻そうとしたのである。
《三星》は、そうした関根の姿勢が、主題と形式の両面において結晶した作品である。画面には三人の人物が並び立ち、それぞれが微妙に異なる方向へと意識を向けている。左に姉、右に恋人、そして中央に画家自身とされる人物。この三者は、冬の夜空に並ぶオリオン座の三つ星になぞらえられ、互いに距離を保ちながら、不可分の関係として配置されている。
星というモティーフは、永遠性や運命、あるいは超越的秩序を象徴するが、関根の《三星》においてそれは、きわめて個人的な意味を帯びる。姉と恋人という存在は、画家にとって情愛と依存、安定と葛藤を同時に孕んだ関係であり、中央に置かれた自己像は、その狭間で揺れる主体として描かれている。三人の表情は沈黙に閉ざされ、視線は交わらない。そこには、言葉によっては解消されえない心理的距離と、しかし断ち切ることのできない結びつきが、張り詰めた静けさのうちに表現されている。
中央人物が身にまとう白い布は、本作に多層的な意味を与える重要な要素である。それは、関根自身が経験した身体的苦痛の痕跡であるとも、彼が深く傾倒したゴッホへの精神的同一化の象徴であるとも解釈されてきた。いずれにせよ、この白布は、傷ついた身体と芸術への献身とを同時に示す記号として、画面に異様な緊張感をもたらしている。関根は、自己の脆さや痛みを隠すのではなく、むしろそれを可視化することで、芸術の根源的な真実に迫ろうとしたのである。
色彩と陰影の扱いも、《三星》の精神性を支える重要な要素である。背景には暗い色調が広がり、人物の輪郭はそこから浮かび上がるように描かれる。肌の色や衣服の色は必ずしも調和的ではなく、むしろ不安定な対比を成している。その不調和こそが、登場人物たちの内的緊張を視覚化し、観る者の感情を強く揺さぶる。関根にとって色彩は装飾ではなく、感情そのものの振幅を示す手段であった。
一九一九年という制作年は、大正デモクラシーの気運が社会に広がり、個人の内面や感情の表現が、芸術においても重視され始めた時代である。《三星》は、その時代精神と深く共鳴しながらも、流行や思想の図式に回収されることのない、きわめて私的な表現として成立している。関根は社会的主張を声高に語るのではなく、自己の内奥に沈み込むことで、結果として時代の本質に触れたのである。
《三星》は、関根正二という画家の生の在り方そのものを映し出す作品である。そこには、芸術に救いを求めながらも、救済を安易に信じることのない厳しさがある。三つの星は互いに寄り添いながら、決して融合することはなく、冷たい夜空に静かに瞬いている。その光は微弱でありながら、見る者の内面に長く残り、問いを投げかけ続ける。関根正二の《三星》は、技巧を超えたところで成立する絵画の力を、今なお雄弁に物語っているのである。
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