【CIRCLE-’70】オノサト・トシノブ ‐東京国立近代美術館所蔵

CIRCLE-’70
――円環にひそむ静かな宇宙――
オノサト・トシノブの《CIRCLE-’70》(1970年制作)は、日本抽象美術の歩みの中で、きわめて純度の高い造形思考を示す作品である。そこに描かれているのは、円という単純極まりない形態のみでありながら、その画面は決して静止していない。むしろ、色と形が織りなす緊張と均衡のなかで、見る者の視線は絶えず循環し、時間と空間の感覚そのものが揺り動かされる。本作は、視覚的インパクトの背後に、戦後日本美術が到達した一つの精神的地平を静かに湛えている。
オノサト・トシノブは、1950年代以降、日本における抽象絵画の展開を支えた重要な画家である。具象からの離脱が模索されていた戦後美術のなかで、彼は自然の再現や感情の直接的表出を拒み、形態そのものが持つ秩序と構造に強い関心を寄せた。とりわけ円は、彼の制作において中心的なモチーフとして反復され、長年にわたる探究の対象となった。
円は、始点も終点も持たない形であり、完全性と無限性を同時に象徴する。オノサトは、この円を単なる象徴として扱うのではなく、厳密な構成要素として画面に配置した。《CIRCLE-’70》においても、円は感情的な身振りを排した、冷静な造形原理として存在している。しかしその冷静さは、無機的な硬さとは異なる。むしろ、徹底した制御のもとでこそ生まれる、静かな緊張感が画面全体を支配している。
本作の画面構成は、一見すると単純である。円形のフォルムがキャンバス上に明確に示され、その内部と周縁に、複数の色面が配置されている。しかし、色と形の関係は決して固定的ではない。色は互いに反発し、あるいは引き寄せ合いながら、視覚的なリズムを生み出す。見る者の視線は、円周に沿って巡り、中心へと引き込まれ、再び外へと解き放たれる。この反復運動こそが、本作に内在する時間性である。
色彩の選択においても、オノサトは極めて理知的である。赤、青、黄、白といった純度の高い色は、それぞれが独立した存在感を保ちながら、全体として緊密な調和を形成している。これらの色は、感情を喚起するために用いられているのではなく、形態の構造を明確化し、視覚的秩序を成立させるために配置されている。色は装飾ではなく、構造そのものなのである。
油彩という素材の選択も重要である。絵具の厚みや表面のわずかな揺らぎは、幾何学的な厳密さの中に、物質としての絵画の存在感を呼び戻す。完全に機械化された平面ではなく、人の手によって塗り重ねられた痕跡が、画面に微細な呼吸を与えている。この点において、《CIRCLE-’70》は、理論と身体性とが拮抗する場として成立している。
1970年という制作年は、社会的にも美術史的にも象徴的な意味を持つ。高度経済成長の只中にあった日本では、物質的な豊かさと引き換えに、価値観の再編が迫られていた。同時に、1960年代の社会運動を経て、芸術は再びその根源的な意義を問われることになる。オノサトの抽象絵画は、直接的な社会批評を行うものではないが、混沌とした時代状況に対し、普遍的な秩序を提示する試みとして読むことができる。
円という形態は、文化や思想を超えて共有される普遍的なイメージである。生命の循環、時間の反復、宇宙の構造――そうした概念は、明示されることなく、見る者の内面で静かに喚起される。《CIRCLE-’70》は、意味を語る作品ではなく、意味が立ち上がるための場を提供する作品なのである。
本作において、オノサトは感情の高揚や個人的表現を徹底して抑制している。そのかわりに、形と色の関係性を極限まで研ぎ澄まし、見るという行為そのものを問い直す。鑑賞者は、そこに物語を読み取ることもできるが、それ以上に、自らの視覚がどのように秩序を認識し、運動を感じ取るかを意識させられる。
《CIRCLE-’70》は、抽象絵画が到達しうる一つの静謐な極点である。それは声高に主張することなく、しかし確かな強度をもって、見る者の思考と感覚に働きかける。円環の中にひそむのは、時代を超えて持続する造形の問いであり、オノサト・トシノブが生涯をかけて探究した、絵画の根源的な可能性そのものである。
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