【背戸の秋図】伊藤綾春-皇居三の丸尚蔵館所蔵

背戸の秋図
――私的空間に宿る季節の時間――

大正八年頃、伊藤綾春が描いた《背戸の秋図》は、近代日本画における静謐な到達点のひとつとして位置づけられる作品である。絹本着色による本作は、現在、皇居三の丸尚蔵館に所蔵されており、画家自身の自宅の庭、すなわち「背戸」というきわめて私的で日常的な空間を主題としている。そこに描かれているのは、名勝でも理想郷でもない、生活の背後にひっそりと息づく自然である。しかし、その慎ましやかな視線こそが、本作に深い詩情と時間意識を与えている。

「背戸」とは家屋の裏口、あるいは裏庭を指す言葉であり、社会的な表舞台から退いた場所である。伊藤綾春は、この目立たぬ空間をあえて画面の中心に据え、季節が移ろう一瞬を丹念に掬い取った。そこには、晩夏の光を受けながら、すでに盛りを過ぎつつある向日葵が静かに佇み、足元や枝先には秋の訪れを告げる小さな生命の気配が忍び込んでいる。とりわけ、向日葵がわずかに首を垂れる姿は、夏の終焉と次なる季節への移行を象徴する造形として印象的である。

画面に添えられたカマキリの存在も見逃せない。鋭敏な姿態を持つこの昆虫は、自然界における緊張感と生命力を凝縮した存在であり、静かな庭の情景に微細な動勢を与えている。伊藤は、過度なドラマ性を排しながらも、この小さな生き物を通じて、時間が確かに流れていること、自然が刻々と変化していることを示唆している。静と動、盛期と衰微、そのあわいにある一瞬が、画面全体に穏やかな緊張をもたらしているのである。

色彩は全体として抑制され、晩夏から初秋にかけての柔らかな光が、黄、緑、淡い青の階調によって表現されている。華やかさよりも調和が重んじられ、絹地の質感を生かした彩色は、空気そのものを描き出すかのようである。筆致はきわめて繊細で、花弁や葉脈、虫の肢体に至るまで、観察に裏打ちされた確かな描写力が感じられるが、決して写実に溺れることはない。そこには、自然を対象化するのではなく、共に呼吸するかのような距離感が保たれている。

伊藤綾春は、明治から大正、昭和初期にかけて活動した日本画家であり、東京美術学校での修学を経て、伝統的な日本画の技法を基盤としながらも、近代的な感覚を柔軟に取り入れた表現を模索した人物である。花鳥画や風景画において示される彼の画風は、穏やかで抒情的でありながら、常に対象への真摯な眼差しに貫かれている。《背戸の秋図》は、その姿勢が最も純粋な形で結実した作品と言えるだろう。

大正期は、日本美術が急速な近代化の波の中で、伝統と革新の均衡を問い続けた時代であった。伊藤綾春は、声高な実験や思想性を前面に押し出すことなく、日常の自然と静かに向き合うことで、その問いに応答した。《背戸の秋図》に描かれた庭は、個人的な記憶の場であると同時に、誰もが心の奥底に抱く「季節の原風景」でもある。そこに流れる時間は緩やかで、しかし確実であり、観る者に自身の記憶や感情をそっと呼び覚ます。

この作品は、単なる庭園風景の写生ではない。日常の背後に潜む季節の気配、生命の循環、そして静かに過ぎ去る時間そのものを可視化した、きわめて内省的な風景画である。《背戸の秋図》は、伊藤綾春の画業を代表するのみならず、近代日本画が到達し得た、静謐で深い抒情の世界を今に伝えている。

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