【頼光大江山入図大花瓶】横山弥左衛門‐東京国立博物館所蔵

【頼光大江山入図大花瓶】横山弥左衛門‐東京国立博物館所蔵

頼光大江山入図大花瓶
鋳金に刻まれた英雄譚―万国博覧会と明治工芸の野心

 東京国立博物館に所蔵される《頼光大江山入図大花瓶》は、明治初期の日本が世界に向けて放った、壮大かつ雄弁な工芸作品である。高さ一五〇センチメートルに及ぶその威容は、鑑賞者の前にまず量感として立ち現れ、やがて表面を覆う精緻な装飾が、時間をかけて視線を内側へと導いていく。本作は単なる巨大な花瓶ではない。そこには、近代国家として自らを提示しようとした日本の意思と、伝統工芸が背負った使命が、鋳金という重厚な素材のうちに刻み込まれている。

 明治六年(一八七三)、ウィーン万国博覧会は、日本にとって初の本格的な国際舞台であった。開国から間もないこの時期、日本は急速な制度改革と西洋化を進める一方で、自国の文化的価値をいかに世界に示すかという課題に直面していた。工芸品は、その問いに対する最も視覚的で説得力のある回答の一つであった。実用品でありながら、美術としての完成度を備え、しかも高度な技術力を雄弁に物語る存在として、工芸は国家的な期待を一身に担っていたのである。

 《頼光大江山入図大花瓶》を制作したのは、高岡鋳物の名門・横山弥左衛門家である。初代弥左衛門・横山孝茂と、その子である二代孝純は、江戸期以来の鋳造技術を基盤としつつ、明治という新時代の要請に応えるべく、表現と規模の両面で大胆な挑戦を行った。本作における圧倒的な大きさは、単なる誇示ではない。巨大な鋳造物を破綻なく完成させること自体が、当時の日本の金属工芸技術の水準を示す、無言の証明であった。

 素材は銅。花瓶全体は鋳造によって成形され、その表面には細密な浮彫と象嵌が施されている。鋳金という技法は、量感と力強さを本質とするが、本作ではその重厚さが、むしろ精緻な描写を際立たせる背景として機能している。人物の衣文、甲冑の細部、鬼の荒々しい表情に至るまで、金属とは思えぬほどの表現力が注ぎ込まれており、職人たちの集中力と持続的な労働が想像される。

 主題となる「頼光大江山入」は、源頼光が家臣とともに大江山の鬼を討伐するという、中世以来広く知られた英雄譚である。この物語は、単なる武勇伝ではなく、秩序が混沌を制圧する象徴的な物語として、日本文化の深層に位置づけられてきた。明治期にこの主題が選ばれたことは偶然ではない。近代化という未知の領域へ踏み出す日本にとって、頼光は不安と混乱を制御する理想像であり、国家の自己像を重ね合わせるにふさわしい存在であった。

 花瓶の胴部を巡るように展開する場面構成は、まるで絵巻物を立体化したかのようである。鑑賞者は器の周囲を歩きながら、物語の進行を追体験することになる。この時間性は、工芸作品でありながら、絵画的・叙事的な鑑賞を可能にしている点で特筆される。金や銀を用いた象嵌は、光の反射によって場面に抑揚を与え、戦いの緊張感と祝祭的な華やぎを同時に演出している。

 ウィーン万国博覧会において、本作は日本工芸の象徴的存在として展示され、大きな反響を呼んだ。西洋の来場者にとって、これほど巨大で、しかも神話的物語を金属で表現した作品は、強烈な異文化体験であったに違いない。結果として本作は博覧会側に寄贈され、日本工芸が国際社会に正式に認知される一つの契機となった。

 《頼光大江山入図大花瓶》は、技術的完成度、物語性、そして歴史的背景のすべてにおいて、明治工芸の野心を体現している。それは過去の伝統をただ保存するものではなく、未来に向けて再編成する試みであった。鋳金に刻まれた英雄譚は、近代日本そのものの寓意として、今なお静かに、しかし力強く語り続けている。

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