【戶張孤雁氏像】荻原守衛‐東京国立博物館所蔵

戶張孤雁氏像
沈黙する身体 荻原守衛と近代彫刻の精神
荻原守衛による《戶張孤雁氏像》は、日本近代彫刻が自己の言語を獲得していく過程において、静かでありながら決定的な地点を示す作品である。そこに立つ人物は、雄弁な身振りも劇的な動勢も持たない。しかし、その沈黙は空虚ではなく、むしろ凝縮された精神の重みとして、鑑賞者の前に確かな存在感をもって立ち現れる。本作は、近代日本が西洋彫刻の方法論を受容しつつ、いかにして「内面」を造形へと移し替えたのかを、最も端正なかたちで物語っている。
荻原守衛は、明治から昭和初期にかけて活動した彫刻家であり、日本近代彫刻の形成において欠かすことのできない存在である。欧州留学を通じて彼が学んだのは、単なる写実技法ではなく、身体を通して精神を表現するという、西洋近代彫刻の根本的な思想であった。とりわけブールデルから受けた影響は大きく、筋肉の緊張や量塊の構成を通して、人物の内的エネルギーを可視化する態度は、荻原の造形思考の核をなしている。
《戶張孤雁氏像》は、1909年に制作された銅像であり、モデルとなった戸張孤雁は、漢学や書に通じた知識人であった。「孤雁」という号が示す通り、彼は群れから距離を取り、独自の精神的立脚点を保とうとした人物である。荻原はこの像において、社会的な肩書や外面的特徴を写し取ることよりも、その孤高の精神をいかにして立体化するかに心を砕いた。
像の姿勢はきわめて抑制されている。大きく身構えることもなく、誇張された動作もない。身体は直立し、重心は安定して地に下ろされている。しかし、その安定は弛緩ではない。肩から背、脚部に至るまで、内部には張り詰めた緊張が通っており、静止のうちに潜む意志の強度が感じ取られる。荻原は、動きを排することで、むしろ精神の持続を際立たせている。
顔貌の表現は、本作の核心をなす部分である。目は強く見開かれることなく、視線は内へと沈み込むように設定されている。その表情は感情を露わにしないが、無表情でもない。思索の途上にある沈黙、あるいは言葉になる以前の精神の緊張が、微妙な面の起伏によって表現されている。ここには、外界に向かって語る肖像ではなく、内面へと閉じられた存在の肖像がある。
素材として選ばれた銅は、この作品の精神性を支える重要な要素である。銅は石や木に比べ、冷ややかな印象を与えがちだが、荻原はその重量感と密度を、精神の凝集として用いた。表面処理は過度に磨き上げられることなく、光を柔らかく受け止める。その鈍い反射は、像の内向的な性格と呼応し、鑑賞者の視線を静かに留める。
本作が制作された明治末期は、日本が急速な近代化を遂げる一方で、精神的な拠り所を模索していた時代であった。西洋的合理主義や制度が流入する中で、個人の内面や孤独は、新たな問題として浮上していた。《戶張孤雁氏像》に刻まれた孤立の感覚は、単なる個人像にとどまらず、近代日本が抱えた精神状況の寓意とも読み取ることができる。
荻原守衛は、西洋彫刻の方法を借りながらも、それを外面的な模倣に終わらせなかった。彼が目指したのは、日本的な精神性――沈黙、内省、抑制――を、近代的造形言語によって表現することであった。《戶張孤雁氏像》は、その試みが最も純度の高いかたちで結実した作品である。
この像は語らない。しかし、語らないがゆえに、鑑賞者に思索を促す。近代彫刻とは何か、肖像とは何を写すべきかという問いが、今なおこの像の前に立つ者に静かに投げかけられている。《戶張孤雁氏像》は、日本近代彫刻が獲得した「沈黙の雄弁」を、現在にまで伝える稀有な記念碑なのである。
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