【修道士姿の画家の叔父アントワーヌ・オーベールAntoine Dominique Sauveur Aubert, the Artist’s Uncle, as a Monk】ポール・セザンヌ‐メトロポリタン美術館所蔵

【修道士姿の画家の叔父アントワーヌ・オーベールAntoine Dominique Sauveur Aubert, the Artist's Uncle, as a Monk】ポール・セザンヌ‐メトロポリタン美術館所蔵

修道士姿の叔父を描くセザンヌ
若き画家の実験精神と肖像のゆくえ

美術館の展示室で、思わず足を止めさせる肖像画がある。ポール・セザンヌが1866年に描いた《修道士姿の画家の叔父アントワーヌ・オーベール》は、そのような力を秘めた一枚である。黒と白の修道服をまとい、正面を見据える男性の姿は、厳粛でありながらどこか親しみ深い。宗教的な威厳と人間的な滑稽さが微妙な均衡のうちに同居し、観る者の視線を静かに引き留める。

この作品が制作された1860年代半ば、セザンヌはまだ若く、画壇の主流からは距離を置かれた存在であった。パリのサロンには度重なる落選を経験し、故郷エクス=アン=プロヴァンスとの往復を続けながら、自らの表現を模索していた時期である。その不安定な状況のなかで描かれたこの肖像画は、若き画家の内に渦巻く実験精神と情熱を率直に映し出している。

モデルとなったアントワーヌ・オーベールは、セザンヌの母方の叔父で、法律職に就いていた人物である。家族の中でも理解者として知られ、甥の芸術活動に好意的であった彼は、セザンヌの要請に応じて何度もポーズをとった。本作を含め、衣装や設定を変えた複数の肖像が残されている事実は、両者の信頼関係の深さを物語っている。

この絵で特に印象的なのは、叔父がドミニコ会修道士の衣装を身につけている点である。白いチュニックと黒いマントが生み出す明快な対比は、画面に強い緊張感を与えている。しかし、この仮装は宗教的信仰の表明ではなく、あくまで画家による演出である。セザンヌはここで、肖像画を単なる記録や再現から解放し、演劇的な装いを通して人物の存在感そのものを探ろうとしている。

19世紀フランスのアカデミズムにおいて、宗教画や歴史画は依然として高尚なジャンルと見なされていた。若きセザンヌが修道士の衣装に関心を寄せた背景には、そうした伝統的価値への意識もあっただろう。同時に、黒と白の大きな色面、布の重なりが生む量感は、造形的実験の格好の素材でもあった。

技法の面でも、この作品は初期セザンヌの特徴をよく示している。画面には厚く盛り上がった絵具が目立ち、筆だけでなくパレットナイフが用いられていることがうかがえる。その荒々しく重量感のあるマチエールは、当時セザンヌが強い影響を受けていたギュスターヴ・クールベの写実主義を想起させる。顔や衣服は、描かれるというより「造形される」かのように、物質的な存在感をもって画面に据えられている。

色調は全体に暗く抑えられているが、その中で顔と眼差しが際立って浮かび上がる。背景はほとんど装飾を排した単純な処理がなされ、人物像は舞台の上に立つ役者のように前景へと押し出される。この簡潔な構成が、肖像に一種の宗教画的静謐さを与えている点も見逃せない。

しかし、ここに描かれているのは理想化された聖人ではない。むしろ、少し不器用で、人間味あふれる一人の男性の姿である。顔の造形は写真的な正確さよりも、彫刻的な強度を優先しており、陰影によって骨格が強調されている。この構築的な人物把握には、後年セザンヌが語る「形を捉える」思想の萌芽がすでに現れている。

セザンヌにとって肖像画とは、単に似せることではなく、人物の存在を画面上に再構築する行為であった。その試みは、家族という親密なモデルを得ることで、より大胆に、より自由に展開された。叔父オーベールが仮装を受け入れ、何度も制作に協力した事実は、画面に漂う穏やかなユーモアと温かさの源でもある。

《修道士姿の画家の叔父アントワーヌ・オーベール》は、完成度という点では後年の静謐な作品とは異なる粗さを残している。だが、その粗さこそが、若きセザンヌの情熱と挑戦を生々しく伝えている。厚塗りの絵具、仮装という遊び、重厚な構図――それらはすべて、絵画を実験の場と捉える姿勢の表れである。

この肖像画は、単なる風変わりな一作ではない。セザンヌが「見ること」と「描くこと」の本質を探り始めた出発点を示す、重要な証言である。後に近代絵画の地平を切り開く画家の歩みは、このような初期の試行錯誤の積み重ねの上に築かれている。その意味で本作は、セザンヌ芸術の原点に立ち会う貴重な一枚と言えるだろう。

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