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【ルーラン夫人ゆりかごを揺らす女】フィンセント・ファン・ゴッホ‐メトロポリタン美術館所蔵

母性と慰めの肖像
フィンセント・ファン・ゴッホ《ルーラン夫人ゆりかごを揺らす女》
フィンセント・ファン・ゴッホの絵画は、激しい色彩と筆致によって語られることが多い。しかしその奥底には、静けさと人間への深い共感が脈打っている。《ルーラン夫人ゆりかごを揺らす女(ラ・ベルスーズ)》は、その内面的な側面がもっとも凝縮された作品の一つである。ここに描かれているのは、劇的な瞬間でも特別な物語でもない。日常のなかで繰り返される「揺らす」という行為が、ひとりの女性の存在を通して、普遍的な慰めへと昇華されている。
この作品は1888年末から1889年初頭にかけて制作された《ラ・ベルスーズ》連作の一点であり、現在はニューヨークのメトロポリタン美術館に所蔵されている。モデルは、アルル時代にゴッホと親交を結んだ郵便配達人ジョゼフ・ルーランの妻、オーギュスティーヌ・ルーランである。彼女は多くの肖像画に登場するが、本作では単なる個人像を超え、母性と安らぎの象徴として描かれている。
アルルに移住したゴッホは、この地で人間関係の温もりを初めて実感したとも言える。ルーラン一家との交流は、その最たる例であった。粗野でありながら誠実な郵便配達人ジョゼフ、家庭を支える穏やかな妻オーギュスティーヌ、そして子どもたち。彼らの生活は、ゴッホにとって理想化された「人間的な共同体」の像を形づくっていった。
《ラ・ベルスーズ》という題名は「子守唄」あるいは「ゆりかごを揺らす女」を意味する。画面の中でルーラン夫人は、椅子に腰掛け、両手でロープを握っている。その先には描かれていないが、揺りかごの存在が暗示されている。見えない揺りかごは、母性という行為が常に誰かを支え、包み込んでいることを示す象徴である。
この見えない存在こそが、作品に特有の精神性を与えている。鑑賞者は、画面の外に広がる静かなリズムを想像し、子守唄のような反復的な揺れを心の中で感じ取る。ゴッホはここで、視覚芸術を音楽的な体験へと近づけているのである。
背景に描かれた装飾的な花模様は、人物を取り囲むように配置され、画面に平面的なリズムを与えている。これは、日本の浮世絵から学んだ構成感覚とも結びつき、写実的な奥行きよりも、精神的な空間を強調する効果をもたらしている。人物と背景は対立するのではなく、同じリズムの中で呼応している。
色彩の選択もまた象徴的である。ルーラン夫人の衣服に用いられた緑は、安定と再生を思わせ、背景の赤や黄は生命の鼓動を連想させる。これらの強い色は衝突することなく、画面全体に温かい振動を生み出している。色は感情を刺激するための手段であり、ゴッホはそれを熟知していた。
この連作が構想された時期、ゴッホは精神的に極度の不安定さを抱えていた。いわゆる耳切り事件の前後、彼は自己崩壊の危機に直面していた。しかし《ラ・ベルスーズ》には、混乱や絶望は前面に現れない。むしろ、そうした状況に抗うように、彼は「慰め」を描こうとした。
ゴッホは手紙の中で、この作品が病んだ人や疲れた人の心を癒すものであってほしいと述べている。芸術は観賞の対象であると同時に、精神を支える力になりうる──彼のこの信念は、《ラ・ベルスーズ》においてもっとも純粋なかたちで表現されている。
興味深いのは、この連作の中からルーラン夫人自身が一枚を選び、所有していたという事実である。彼女が選んだのが、現在メトロポリタン美術館にあるこの作品だと伝えられている。モデル自身が強く惹かれたという点は、この絵が内包する静かな力を雄弁に物語っている。
オーギュスティーヌ・ルーランは特別な身分の女性ではない。しかしゴッホは、彼女の中に普遍的な母性と慈愛を見出した。その姿は、宗教画における聖母像を想起させつつも、より現実的で、人間的な温もりを保っている。
《ルーラン夫人ゆりかごを揺らす女》は、母性という永遠の主題を通して、人間が他者を思いやる力を描いた作品である。画面の中で揺りかごは見えないが、その揺れは今も鑑賞者の心の中で続いている。ゴッホがこの絵に託した慰めは、時代を超えて静かに息づいているのである。
画像出所:メトロポリタン美術館
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