【日傘の貴婦人文皿(Dish with Parasol Ladies)】伊万里焼ーメトロポリタン美術館所蔵

日傘の貴婦人文皿
江戸伊万里が映した異国のまなざし

日傘の貴婦人文皿——東西が交わる静謐の舞台

美術館のガラスケースにひっそりと佇む一枚の皿に、どれほど深い物語が潜んでいるかを、私たちはしばしば見落とす。メトロポリタン美術館が所蔵する「日傘の貴婦人文皿」は、その沈黙の奥に、江戸の工房とヨーロッパの宮廷、さらには海を越えた交易の気配が絡み合う、豊穣な歴史を宿している。

本作は肥前・有田で焼かれた伊万里焼の輸出磁器である。しかしその中心に描かれる日傘を差した二人の女性は、日本の職人が思い描いた理想像というより、遠い異国の想像力を介してこの地に辿りついた“旅人”のようでもある。着物をまといながら、どこか異国的な雰囲気を帯びるその姿は、江戸と欧州が美の言葉で交わした静かな対話の痕跡を示している。

■ コルネリス・プロンクの図案が越えた海

18世紀初頭、オランダ東インド会社は中国向けの輸出磁器に独自性を与えるため、画家コルネリス・プロンクに装飾図案の制作を依頼した。プロンクが描いた「日傘の貴婦人」図は、ヨーロッパ人が思い描いた“優雅なる東洋婦人”を主題とする幻想の産物である。現実の東洋女性とは異なるが、そこには当時のヨーロッパを席巻した東洋趣味——ロマンティックな憧れ——が色濃く刻まれている。

この図案は中国・景徳鎮へ送られ、精緻な染付や金彩を伴う磁器として焼成された。やがてその成功は周辺地域に波及し、プロンクの図像は複製され、変奏され、さまざまな土地の工房で新たな生命を得ていく。日本の肥前もまた、その潮流を敏感に受け止めた地の一つであった。

■ “異国の婦人”が“和の貴婦人”へと変容する

日本にもたらされたプロンクの図案は、そのままの姿で写されることはなかった。江戸の陶工たちは異国の女性像を日本の美意識になじむ姿へと巧みに翻案し、着物の襞や扇の扱い、姿勢の柔らかさなど、和の気配を湛えた独自の女性像へと仕立て直した。

この変容は、単なる図案の模倣ではなく、異文化を受け入れ、それを自国の感性へ溶かし込む江戸文化の成熟を物語る。西洋由来の源泉を持ちながらも、絵柄は日本的な叙情を帯び、静かな自然風景の中で佇む二人の女性は、日本絵画の優雅な人物表現を思わせる穏やかな空気を纏う。

本作に見られる内外縁の装飾——花文や鳥文を配した構成——も、日本の工房が持つ構図力の冴えを示している。中心図と縁文が響き合い、皿全体が一幅の情景のように展開する。

■ 伊万里焼の国際性——私貿易が拓いた意匠の旅路

17世紀後半から18世紀にかけ、伊万里焼はヨーロッパで絶大な人気を誇った。宮廷のキャビネットを飾り、富と教養を示す象徴として珍重された。しかし、プロンク図案を基にした日本の皿は、オランダ東インド会社の正式ルートを通らず、私貿易によって欧州へ渡ったと考えられている。

つまり、江戸の陶工たちは国際市場の動向に敏感に反応しながら、自らの判断で意匠を受容し、変容させ、再び海の向こうへ送り出していたのである。鎖国の時代でありながら、工房の視線はむしろ外へと向かい、異国の趣味と自国の感性を接続する創造的な営為が、粛々と進められていた。

この柔軟な国際性こそ、輸出伊万里の魅力を支える重要な要素である。

■ 皿の静謐が語る、東西の美意識の交差

「日傘の貴婦人文皿」を前にすると、そこに広がるのは単なる図像ではなく、異文化が交わり合う境界の風景である。ヨーロッパの想像から生まれた東洋の女性像が、日本で別の姿へと再編され、再び西洋へ渡っていく。皿は、時代の海を漂いながら、東西の美意識が静かに触れ合う“器”として機能した。

描かれた女性たちは、18世紀の交易が生み出した文化の振幅そのものを体現している。日傘の下で佇むその表情は、強い主張をもたず、ただ静かである。しかしその沈黙は、東西双方の美意識への敬意と、異文化を受け止め再解釈する創造的対話への賛歌として響いてくる。

■ 結びにかえて——一枚の皿が開く世界の深層

本作は、ただの装飾皿ではない。そこには、海を越えて往復した図像の旅路、文化を超えた想像力の連鎖、そしてそれを受け止めた江戸の陶工たちの静かな創造が刻まれている。
日傘を差す貴婦人たちは、今も変わらずその場に佇み、私たちに語りかける。文化は常に流れ、交わり、変容しながら深化していくのだと。一枚の皿が示すその深みは、18世紀の“静かなグローバリズム”の確かな証である。

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