「岩花鳥図皿(がんかちょうずざら)(Dish with ,江戸時代,伊万里焼,岩花鳥図皿,rocks, flowers, and birds)」伊万里焼‐江戸時代ーメトロポリタン美術館所蔵

「岩花鳥図皿(がんかちょうずざら)(Dish with rocks, flowers, and birds)」伊万里焼‐江戸時代ーメトロポリタン美術館所蔵

岩花鳥図皿
東西をつなぐ伊万里焼の美学

静かに佇む一枚の皿が、はるか海を越えて文化の交差点となることがある。17世紀末から18世紀初頭、有田で焼かれた「伊万里焼」は、まさにその象徴ともいうべき存在であった。なかでもメトロポリタン美術館が収蔵する「岩花鳥図皿」は、東アジアの伝統とヨーロッパの嗜好が織り重なった稀有な作品として、国際的工芸史の文脈で特別な輝きを放っている。

本作が制作されたと考えられる1710〜1730年頃、有田の窯場では硬質磁器の生産が成熟し、色絵の装飾技法は高度な洗練に達していた。白磁の上に釉薬をひき、さらにその上から鮮やかな赤・青・緑・金を配して描く色絵磁器は、国内のみならず遠く西洋の市場をも意識した豪奢なデザインをまとう。この皿に広がる岩・花・鳥の世界は、東アジアの装飾画に根ざしながら、当時ヨーロッパの貴族社会に求められた華やかな磁器美の感性を巧みに取り込み、ひとつの新しい表現領域を切り拓いている。

皿の中央には、自然の静謐を湛えた岩のかたちと水辺の草花、そして一羽の鳥が描かれる。これらはいずれも「花鳥図」という伝統的な東洋の画題に由来するものだ。花鳥図は、中国唐代以降に隆盛した自然観を基盤に、季節の移ろい、吉祥、生命の象徴など、多層的な意味や感情を託す表現形式として長く受け継がれてきた。岩は力を、花は繁りゆく生命を、鳥は精神の自由を象徴する。描かれた風景は特定の実景ではなく、自然の本質を抽出した“心象の庭”であり、観る者にやわらかな静けさと気品をもたらす。

一方、縁をめぐる文様には、東洋と西洋の趣向が複雑に溶け合っている。花唐草や牡丹文といった東アジア伝統の意匠に加え、幾何学的なパターンが細密に重ねられ、視線を皿の中心へと導くよう構成されている。この緻密さは、江戸時代の有田で発達した「伊万里様式」の華やかさを端的に物語っている。濃い赤絵と金彩の煌めきは、国内向けの侘びた美意識とは異なる、輸出用特有の華麗な装飾性を示し、遠くヨーロッパの宮廷文化の嗜好に応じて生み出された「異国へのまなざし」の軌跡を今に伝える。

17世紀後半、オランダ東インド会社(VOC)を介して欧州に渡った伊万里焼は、王侯貴族の間で熱狂的に受け入れられた。当時ヨーロッパでは磁器を独自に製造する技術が確立しておらず、東アジアの陶磁器はきわめて稀少で高価な“東洋の宝物”として扱われた。宮廷の飾棚や客間には数多くの伊万里焼が並び、ときに宮殿内部の壁を陶磁器で装飾する「磁器の間」の文化をも生んだ。「岩花鳥図皿」もまた、そうした需要に応じて旅立った一枚であり、世界を横断した美の交換の証と言える。

この皿が描く風景には、東アジア的自然観の精華が濃密に込められている。自然とは単なる対象ではなく、精神を映す鏡であり、循環する世界の象徴であるとする思想は、日本のやきものにも深く息づいていた。本作の岩や花や鳥は、写実ではなく象徴としての自然を立ちあげ、観る者を時代や地域を超えた「自然との対話」へと誘う。だからこそ、この皿は単なる輸出工芸品に留まらず、世界の文化史において「自然をどう見るか」という共通の問いに静かに応答する芸術作品として評価されているのである。

焼き上げられてから三百年を経た現在、「岩花鳥図皿」はメトロポリタン美術館の展示室で、多様な背景をもつ来館者の前に広がり、東西の美が出会った歴史の証人として静かに立つ。その旅路は、ひとつの小さな器がたどった壮大な文化航路であり、創造の力が国境や時代を越えて響き合うことを教えてくれる。

伊万里焼は、東洋と西洋、伝統と革新、写実と象徴といった相反する価値を、ひとつの器の中に調和させることを可能にした。その調和の中心にあるのは、自然へのまなざしと、異なる文化を受け入れ、再構成する柔らかな想像力である。「岩花鳥図皿」を見つめるとき、私たちはその想像力の豊かさが、三百年前と変わらぬ静けさで今もなお息づいていることを確かに感じ取るのである。

【岩花鳥紋皿 Dish with rocks, flowers, and birds】江戸時代‐肥前焼‐伊万里焼
【岩花鳥紋皿 Dish with rocks, flowers, and birds】江戸時代‐肥前焼‐伊万里焼

画像出所:メトロポリタン美術館

関連記事

コメント

  • トラックバックは利用できません。

  • コメント (0)

  1. この記事へのコメントはありません。

コメントするためには、 ログイン してください。

プレスリリース

登録されているプレスリリースはございません。

カテゴリー

ページ上部へ戻る