【行軍する兵士たち】ジャン=バティスト・パテルーメトロポリタン美術館所蔵

【行軍する兵士たち】ジャン=バティスト・パテルーメトロポリタン美術館所蔵

「歩き続ける者たち」
ジャン=バティスト・パテル《行軍する兵士たち》と、日常としての戦争

列をなして進む兵士たちの足音が、聞こえてくるような気がする。
ジャン=バティスト・パテルの《行軍する兵士たち》(1725年)は、ただの戦争画ではない。そこには銃火の交錯も、凱旋の歓声もない。あるのは、長い移動のなかでひたすら歩みを進める兵士たちと、それに付き従う名もなき人々の姿である。女たちは荷を背負い、赤子を抱き、犬はその隣を歩き、壺や鍋といった生活道具がごく自然に画面に散らばっている。その光景には、不思議なほどの「穏やかさ」がある。だが、それは決して安寧を意味する穏やかさではない。むしろ、常態化した戦争と、その中で続いていく生活の気配が静かに漂っているのだ。

パテルは、しばしば師アントワーヌ・ワトーの「後継者」として語られるが、この作品を見る限り、それは一面的な評価にすぎない。確かに彼の筆致には、ワトーに由来するロココ特有の軽やかさがある。だが、パテルは夢見ることをやめた画家である。ワトーが儚くも甘美な祝祭空間を描いたとすれば、パテルが描いたのは、逃れられない現実のただ中で、それでも人間らしく生きようとする人々の姿である。

作品の舞台は、おそらく野戦の行軍路か、戦地へ向かう途中の田舎道だろう。描かれているのは、整然と歩を進める兵士たち、そしてその周囲に寄り添うように移動する従軍者たち——女たち、子どもたち、動物たち、生活道具たち。絵画的には群像の構成に優れ、色彩は柔らかく調和し、背景はわずかに霞み、すべてが「穏やかに」一体化している。だがその穏やかさは、裏を返せば「日常としての戦争」の皮肉な表象である。命を脅かす戦争ですら、繰り返されるうちに「日常」に変わる。パテルはその不気味な現実を、決して声高に描くことなく、ただ静かに見せている。

本作が描かれた1725年当時、フランスはルイ14世の死(1715)を経て、摂政政治のもとで一時的な平和を享受していたとはいえ、社会全体には戦争の記憶がまだ生々しく残っていた。パテルが生まれ育った北フランスの町ヴァランシエンヌもまた、戦争の傷痕が色濃く刻まれた土地である。そこはもともとスペイン領ネーデルラントであったが、ルイ14世の戦争によって1678年にフランスに編入された。こうした背景をもつ地域に育った画家が、戦争を「日常として」描くことに、不思議はない。

《行軍する兵士たち》は、戦争を英雄的に描こうとはしていない。そこにあるのは、勝者も敗者もいない、ただ「前へと歩く人々」の姿だ。兵士たちは武装しているが、彼らの表情は決して高揚していない。どこか無表情で、あるいは疲労の色すらにじんでいる。従軍する女たちの顔にも、笑顔はほとんど見られない。だが、彼女たちは確かに「生活している」。壺を運び、子どもをあやし、男たちとともに歩く。そこには、極限状況の中でも生活を諦めない人間のたくましさがある。

このような視点は、17世紀フランドル絵画の伝統を思い起こさせる。とりわけ、ダヴィッド・テニールス(子)らが描いた野営の兵士たちの風俗画が想起される。彼らもまた、戦場の栄光ではなく、その背後にある人間の営みを描こうとした。パテルはその系譜に連なりつつ、フランスのロココ様式に即した色彩感覚と筆致を持ち込み、さらに個人的な記憶を重ね合わせることで、独自の「戦争画」を描き出した。

興味深いのは、パテルがこのような作品を、アカデミー的な歴史画の潮流とは異なるかたちで制作していたという点である。当時、戦争を主題とする絵画は、しばしば勝利や英雄を賛美する記念碑的なものとして扱われた。だが、パテルの描く兵士たちには、勝利の歓喜も、悲壮な覚悟もない。そこにあるのは、戦争とともに移動する「生活の風景」——それは、絵画の中に持ち込まれた小さな現実の断片である。

だからこそ、《行軍する兵士たち》は、見る者に不思議な感覚をもたらす。画面は静かで、淡く、むしろ心地よい印象すらある。だがその内実には、動かしがたい「時代の現実」が染み込んでいる。戦争の影の中で、それでも歩き、生き、子を育て、明日を目指す人々。その姿は、ロココの表層に覆われた「戦争の素顔」なのだ。

パテルの《行軍する兵士たち》は、決して声高に語らない。だが、その静けさのなかで、観者は大きな問いに立ち止まらざるを得ない。
戦争と日常は、本当に切り離すことができるのか。
人は、戦争のなかで、どこまで「生活者」でいられるのか。

ワトーの後継者と呼ばれた画家は、その称号の陰で、もう一つの道を歩んでいた。夢想からではなく、現実から芸術を紡ぐという道を。
歩き続ける兵士たちとともに。

関連記事

コメント

  • トラックバックは利用できません。

  • コメント (0)

  1. この記事へのコメントはありません。

コメントするためには、 ログイン してください。

プレスリリース

登録されているプレスリリースはございません。

カテゴリー

ページ上部へ戻る