【紫をもととリンゴ】髙島野十郎ー個人蔵

【紫をもととリンゴ】髙島野十郎ー個人蔵

若き日の野十郎と「紫をもととリンゴ」

髙島野十郎(1890年–1975年)は、日本近代絵画の中でも特異な位置を占める画家である。彼の名は、晩年の「蝋燭」連作によって広く知られているが、そこに至るまでの道筋には、静物画や風景画における独自の試行が存在する。「紫をもととリンゴ」は、大正9(1920)年、野十郎が30歳の頃に制作した作品であり、彼の創作初期の重要な一里塚を示す一作である。

この絵は、暗い背景の中にリンゴが置かれ、その背後に「紫」を基調とした色面が広がる静物画である。リンゴは古今東西の画家が愛したモティーフであるが、野十郎の扱い方は独特であり、単なる写実を超えた精神的緊張感が漂っている。のちに彼が到達する「光の画家」としての資質は、すでにこの作品の中に萌芽的に表れている。

大正期の美術状況と野十郎の立場

大正期は、日本近代美術が西洋との折衷から独自の方向性を模索する時代であった。黒田清輝を中心とする白馬会の流れや、岸田劉生による写実主義的な「草土社」の展開など、さまざまな動きが交錯していた。とりわけ劉生の「麗子像」や「静物」には、対象をありのままに凝視し、精神性を宿らせる強度があった。野十郎は、まさにその時代的空気の中に身を置きながらも、決して同化することなく、自らの孤高の道を歩み始めていた。

「紫をもととリンゴ」は、そうした大正期の文脈に位置づけられながらも、単なる模倣や追随ではなく、独自の色彩思想を試みている点で際立っている。岸田劉生が土気色の静物に精神的な「写実」を込めたのに対し、野十郎は「紫」という異質な色彩を背景に導入することで、対象を単なる物質から、より象徴的な存在へと変容させている。

「紫」という色の意味

本作において重要なのは、リンゴそのものよりも、むしろ「紫をもと」とされた背景の色調である。紫は古来より、神秘・高貴・霊性の象徴とされてきた。西洋美術においては宗教的荘厳さを示し、日本文化においても高貴さの色として扱われてきた。野十郎が、静物画にこの紫を大胆に導入したことは、対象を単なる物理的存在から精神的存在へと高める意図を示唆している。

リンゴは日常的で素朴な果実であり、聖書においては知恵や原罪の象徴ともなる。紫と組み合わされることで、リンゴはただの果物ではなく、人間存在の根源的な意味を帯びた象徴として画面に浮かび上がる。ここには、野十郎が対象を単なる「もの」としてではなく、精神の奥行きを映す「媒介」として捉えようとした姿勢が明確に現れている。

造形と筆致の分析

画面を細部に観察すると、野十郎はリンゴの丸みを強調しつつ、光と影の対比を慎重に描き分けている。果皮の赤や黄色のニュアンスは、単なる色彩描写を超え、対象が内側から発光しているかのような質感を持つ。筆触は過度に荒々しくもなく、かといって滑らかに溶け込むのでもなく、対象に寄り添いながら独特の緊張を保っている。

背景の紫は一様な色面ではなく、微妙な濃淡が与えられ、静物の奥行きを支える。紫とリンゴの赤との補色的対比は、画面全体に緊張感を与えると同時に、リンゴを鮮やかに浮かび上がらせる。つまり、この構図は偶然ではなく、色彩と形態の必然的関係として構成されているのである。

精神的リアリズムの萌芽

「紫をもととリンゴ」を通じて見えてくるのは、野十郎が早くから「精神的リアリズム」とも呼ぶべき視点を持っていたことである。彼にとって、対象は外面的な形態ではなく、内面的な本質を映すものだった。リンゴを描きながら、彼が描こうとしたのはリンゴそのものではなく、その背後にある「存在の光」であった。

これは、のちの「蝋燭」連作へと直結する思想である。蝋燭の炎が暗闇を照らし出すように、リンゴもまた紫の背景において光を放つ存在として描かれている。対象を媒介に「光」を顕現させるという姿勢は、彼の全生涯を貫くテーマであり、この1920年の静物画にすでに明確に現れているのである。

大正期日本画壇への対抗と孤独

当時の美術界では、印象派的な色彩の開放や、構図の新しさが注目を集めていた。しかし野十郎は、その潮流に積極的に参加することなく、むしろ孤独の中で自らの道を探った。「紫をもととリンゴ」は、時代の流行と距離をとりながらも、確かな独創を示す作品である。世間的な評価を求めず、ただ純粋に対象との対話に没頭する姿勢は、すでに「俗世との断絶」を予告していた。

リンゴと「存在」の象徴性

リンゴは、西洋美術において特に象徴的な意味を帯びてきた果実である。アダムとイヴの禁断の果実としてのリンゴ、ニュートンの万有引力のリンゴ、そしてセザンヌの終生のテーマとしてのリンゴ。これらは、自然界の単純な形の中に、普遍的な真理を読み取ろうとする人類の欲望を象徴している。野十郎がリンゴを描いたことも、この系譜に連なるものであり、彼にとってリンゴは「世界の根源を表す小宇宙」であったといえる。

紫を背景に据えることによって、野十郎はリンゴを日常的対象から解放し、より高次の意味を付与した。それは、彼の芸術観が「実在を描くこと」にとどまらず、「実在を超えるものを描くこと」に向かっていた証である。

後年への伏線としての「紫をもととリンゴ」

本作の重要性は、単に初期の優れた静物画であるというだけではない。むしろ、その後の野十郎の芸術を方向づける核心的要素をすでに内包している点にある。対象を通じて「光」を描くという発想、色彩による象徴性の付与、孤独な探求への志向。これらはすべて、「蝋燭」や「月」「星」といった晩年の作品に連なっていく。

言い換えれば、「紫をもととリンゴ」は、若き野十郎がまだ世間と交わりながらも、すでに孤高の画家としての宿命を示した証言なのである。ここにおいて、彼はリンゴを描きながら、実は「自己の存在の証」を描いていたといえるだろう。

若き野十郎の「光の萌芽」

「紫をもととリンゴ」(1920)は、髙島野十郎の初期を代表する作品であり、単なる静物画を超えた精神的象徴性を帯びている。リンゴという素朴な果実を、紫の背景に置くことによって、画家は存在の奥深さを浮かび上がらせた。そこにはすでに、後年の「蝋燭」や「月」に至る光の探求が萌芽している。

この作品は、若き日の画家が時代の潮流に与せず、独自の精神的リアリズムを志向した証であり、近代日本美術における特異な位置を占める。一本のリンゴを通じて世界を凝視した野十郎の視線は、やがて一本の蝋燭へと収斂し、最後には「光とは何か」という人類普遍の問いに至る。その意味で、「紫をもととリンゴ」は、髙島野十郎という孤高の画家の全生涯を予告する記念碑的作品なのである。

関連記事

コメント

  • トラックバックは利用できません。

  • コメント (0)

  1. この記事へのコメントはありません。

コメントするためには、 ログイン してください。

プレスリリース

登録されているプレスリリースはございません。

カテゴリー

ページ上部へ戻る