
「色絵姫形小皿いろえ ひめがた こざら」
日本のやきもの文化における一大ジャンルとして、伊万里焼は国内外で広く知られている。そのなかでも、17世紀から18世紀にかけて制作された「古伊万里(こいまり)」は、色鮮やかで精緻な絵付けと洗練された造形によって、日本の磁器美術を代表する存在として評価されてきた。今回取り上げる「色絵姫形小皿」は、その古伊万里の中でも特にユニークな作品であり、形状・意匠・文化的背景のいずれにおいてもきわめて興味深い一品である。
この作品は江戸時代中期、18世紀半ばに肥前有田の窯で作られたもので、八つ折れ風の輪郭を持つ長方形の平皿である。しかし何より特筆すべきは、その全体のフォルムが「姫」、すなわち平安時代の宮廷女性をかたどっている点である。流れるような黒髪、幾重にも重ねられた十二単の衣装が絵付けと立体の双方で表現され、まるで物語の中の一場面が器となって立ち現れているかのようだ。
平安の宮廷文化への憧憬
皿のモチーフとなっているのは、平安時代の宮廷女性である。平安時代(794–1185)は、京都を中心に貴族文化が栄え、文学や美術の黄金期を迎えた時代である。紫式部による『源氏物語』、清少納言の『枕草子』など、女性文学者の活躍も顕著であり、「女房装束(にょうぼうしょうぞく)」に身を包んだ女性たちが、文学や書、和歌に親しむ姿は後世の理想化された文化的イメージとして長く残ることとなった。
江戸時代の人々にとって、平安時代は「古き良き日本文化の象徴」として強く意識されていた。絵巻物や屏風絵などを通して、貴族の雅な生活や装束は広く知られており、とくに女性像は理想化された美と教養の象徴でもあった。
この姫形小皿に表現された人物も、黒髪を垂らした優雅な姿で描かれ、幾重にも重なる衣の色彩は、色絵磁器の技法によってきわめて華やかに再現されている。観賞者はこの一皿を通して、遠い過去の理想的な世界に思いを馳せたことであろう。
また、当時の人々がこのような器をどのように用いたのかを考えると、文化的価値の高さだけでなく、日常における美の取り入れ方そのものが見えてくる。たとえば、床の間に飾られたり、節句などの特別な行事に使用されたりすることで、過去の物語を日々の生活に呼び込む媒介として機能していたことが想像される。
この皿は、幅約20センチ、高さ約4.4センチと手頃な大きさだが、その造形は非常に凝っている。姫の輪郭に合わせて皿の縁が波打ち、顔や髪、衣の形状が立体的に成形されている。これは単なる印判や模様の貼付ではなく、成形段階から人物像を意識した高度な技術が必要とされる。
絵付けは、染付(呉須による青)の下絵と、赤・緑・黄・金などの上絵を組み合わせた色絵技法で、特に衣装の文様や髪の艶、表情の描写においてその繊細さと華やかさが光る。金彩の使い方も巧みで、衣の縁取りや装飾文様に豪奢な雰囲気を添えている。
姫の表情はやや抽象化されており、写実よりも装飾性を優先した意匠だが、それがかえって見る者に想像の余地を与える。江戸の町人や上流階級の女性たちは、この皿に描かれた姫を通して、自らの教養や趣味を重ね合わせていたのかもしれない。
さらに、皿そのものの構造に注目すると、裏面にも丁寧な仕上げが施されており、器全体にわたる職人の美意識と技術力が感じられる。これは、単なる消費財ではなく、工芸作品としての自負が込められていたことの証左である。
興味深いのは、この作品が輸出用ではなく、日本国内向けに制作された点である。18世紀半ばは、有田焼の輸出が縮小し、国内市場に向けた高度な装飾磁器が多く作られ始めた時期にあたる。こうした背景のもと、この姫形小皿も特定の顧客の注文によって作られたと考えられている。
加えて、同様の形状と意匠を持つ皿が複数現存していることから、この種の器がある種の「祝いの品」、たとえば女児の誕生祝いや節句(雛祭り)などの贈答品として用いられた可能性が高い。平安の姫君は、健やかな成長や才知ある女性への願いを象徴するものであり、それをかたどった器は極めて縁起の良い贈り物だったに違いない。
また、江戸時代中期は、町人文化の台頭によって文化の担い手が拡大し、美術品が一部の階層に限られず広がっていった時代でもあった。この小皿も、そうした文化的成熟のなかで生まれた、教養ある町人や商家の趣味性を反映する工芸品のひとつと見なすことができる。
この皿は、現在アメリカ・ニューヨークのメトロポリタン美術館に収蔵されている。同館は世界有数の美術コレクションを誇り、とくに日本の工芸品、陶磁器の分野においても質の高い作品群を擁している。この皿は、ただの工芸品としてではなく、日本文化の歴史的・美学的背景を反映する「文化資料」として位置づけられている。
展示においては、江戸時代の生活文化や、理想化された歴史像、さらには国内陶磁器産業の変遷を語る一端として紹介されており、海外の来館者にとっても日本文化の奥深さに触れる貴重な機会となっている。
また、海外の美術館にこうした作品が所蔵され、紹介されることは、日本の文化遺産が国際的に認知されている証であり、同時にその保存と継承における課題も示唆している。国内での再評価と研究の深化が求められる今、こうした作品が果たす役割はますます重要になっている。
「色絵姫形小皿」は、単なる美しい磁器という枠を超えて、江戸の人々が抱いた「過去」への憧れ、すなわち平安という理想の時代に寄せる心をかたちにした作品である。そしてそれはまた、贈る者の願いや祈りを託す器として、人々の生活に溶け込んでいた。
現代に生きる私たちにとって、この小皿は過去の美意識や歴史の記憶を呼び起こすだけでなく、今なお続く「美を日常に取り入れる」という日本文化の精神を映し出している。手のひらに収まるこの一枚から、時空を超えた物語が静かに語りかけてくるのである。

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