【佐野昭肖像】黒田清輝‐黒田記念館所蔵

【佐野昭肖像】黒田清輝‐黒田記念館所蔵

日本近代洋画の礎を築いた黒田清輝は、単に西洋の技術を導入しただけの画家ではない。彼は、異文化の表現様式を日本の精神性と融合させることで、日本独自の近代絵画を創出したパイオニアである。その作品群には、自然や人物、風景を通じて、明治という時代における日本人の「まなざし」や価値観の変容が濃密に刻まれている。

なかでも《佐野昭肖像》(1899年)は、黒田の画業においてやや異色とも言える作品でありながら、彼の画家としての姿勢と人間関係の深さを浮き彫りにする、重要な肖像画である。本作は、彫刻家・佐野昭(1865–1955)との友情を基に、旅先の即興的な制作環境で生まれた一枚である。そこには、黒田特有の筆致と外光派の光彩表現、そして身近な人物へのまなざしが鮮やかに表現されている。

本作が描かれたのは、1899年1月5日、静岡県沼津市の静浦にて。黒田は、年始の休暇を仲間たちとともに静浦の保養館で過ごしていた。その折、親交のあった彫刻家・佐野昭をモデルにして即興的に本作を制作した。画面左下には、「明治三十二年一月五日/駿州静浦保養館ニ於テ写ス 黒田清輝」と記されており、制作日と場所が明確に示されている。

この即興性は、黒田の柔軟な創作姿勢をよく示している。彼はスタジオという厳密な制作空間を離れ、自然の中で光と空気を感じながら筆を走らせた。これは、フランス滞在中に身につけたプレネール(戸外制作)の精神をそのままに、日本の風土に適応させた実践でもあった。

佐野昭は、明治期を代表する彫刻家の一人であり、西洋的な写実表現を追求しながらも、日本人としての精神性を重視した表現を志向していた。黒田と佐野は、芸術の理念を共有し、互いに刺激し合う関係にあった。黒田にとって佐野は、ただの友人ではなく、美術に対する深い理解を持つ対等な同志だったと言える。

《佐野昭肖像》において黒田は、友人を描く画家としての視点と、美術的対象としての客観的距離感を併せ持っている。モデルへの親しみと敬意が、筆致ののびやかさや表情の穏やかさとなって表れ、作品には独特のあたたかみが宿っている。

作品は板に油彩で描かれ、縦40.0cm、横32.3cmという比較的小さなサイズである。この小品の中で、黒田は柔らかな光と微妙な陰影によって、人物の存在感を立体的に…

関連記事

コメント

  • トラックバックは利用できません。

  • コメント (0)

  1. この記事へのコメントはありません。

コメントするためには、 ログイン してください。

プレスリリース

登録されているプレスリリースはございません。

カテゴリー

ページ上部へ戻る