【宮津】速水御舟ー東京国立近代美術館所蔵

【宮津】速水御舟ー東京国立近代美術館所蔵

速水御舟の「宮津」(1915年制作、東京国立近代美術館所蔵、今村紫紅の影響を強く受けたこの作品は、速水御舟が「新南画」風の絵に取り組んだ時期の代表作とされています。「新南画」とは、20世紀初頭の日本画壇における一つの重要な潮流であり、特に西洋の近代的な芸術観念を取り入れながら、従来の南画(中国南方絵画)の技法と精神を新たに解釈したものです。この時期の作品には、従来の再現的な絵画から表現主義的な要素が強調され、西洋絵画の影響を受けつつも、伝統的な日本画技法や南画の精神を尊重したものが多く見られます。

速水御舟は、明治から大正時代にかけて活躍した日本画家であり、特に「新南画」として知られるスタイルを確立した重要な人物の一人です。御舟は、近代日本画の革新を目指し、従来の写実的な描写を超えた表現を追求しました。その代表的な作品の一つが「宮津」です。

御舟が取り組んだ「新南画」は、単なる南画の模倣ではなく、西洋美術の影響を受けた新しい感覚を取り入れたものであり、南画の持つ精神的な要素を大切にしつつ、より自由で創造的な表現を目指しました。これにより、御舟の作品には、従来の日本画に対する革新と、西洋美術の新しい表現方法との融合が見られます。

「新南画」の重要な特徴は、南画の「写実」や「再現」に偏らず、むしろ「表現」や「感覚」の表出を重視する点にあります。このアプローチは、19世紀末から20世紀初頭にかけての西洋美術の動向、特にポスト印象派や表現主義の影響を受けており、御舟もその影響を受けながら、より自由な発想で絵を描いていったのです。

速水御舟が「新南画」を志向する際、重要な影響を与えたのが今村紫紅です。今村紫紅は、短い生涯ながらも、その独特な画風で多くの日本画家に影響を与えました。紫紅は、従来の写実的な日本画を超えて、より個人的で感覚的な表現を追求しました。彼の作品には、印象派的な色彩感覚や筆触の自由さが見られ、また彼の風景画には、自然や人々の感情を直接的に表現しようとする試みが見受けられます。

御舟はこの今村紫紅の影響を受けて、「新南画」の概念を形成し、より表現主義的なアプローチを取るようになりました。御舟の「宮津」も、この影響を色濃く受けており、今村紫紅がもたらした感覚的な表現と、彼の描く風景画に見られる独特の雰囲気が、御舟の作品に引き継がれていると言えます。

「宮津」は、京都府北部の宮津の漁村の風景を描いた作品です。宮津は、豊かな自然と漁業文化を持つ地域であり、その特徴的な景観が御舟の筆によって見事に表現されています。作品の中で描かれるのは、漁師小屋の向こうに立つ漁網を干す棹の林立、そしてその奥に広がる海と対岸の景色です。この風景は、御舟がその場所で直接感じ取ったものを、感覚的に表現したものだと考えられます。

この作品の特徴的な点は、構図の中で自然と人々がどのように調和しているかが強調されているところです。漁網を干す棹は、単に風景の一部として描かれているのではなく、空間の中で重要な役割を果たしており、視覚的に全体のバランスを保つ役目を果たしています。さらに、その奥に広がる海や対岸は、風景としての広がりを感じさせるとともに、観る者に静かな時間の流れを感じさせる効果を持っています。

このような自然の描写における御舟の手法は、従来の写実的な表現から一歩進んで、色彩や筆触を通じて、より抽象的で感覚的な印象を与えるものです。特に、背景に描かれる海や山の輪郭は、非常に柔らかく、ぼかされたような表現となっており、これは「新南画」の一環として、従来のリアルな表現を超えて、風景の本質的な雰囲気や感情を表現する試みです。

「宮津」の中には、非常に独特な雰囲気が漂っています。それは、御舟が描いた風景や人物に見られる「ゆるさ」や「おおらかさ」といった特徴に起因しています。漁村の風景が持つ、どこか余裕を感じさせる「ゆるさ」は、作品全体に独特な軽やかさと温かみを与えており、観る者に親しみやすさや安らぎを感じさせます。

この「ゆるさ」は、従来の日本画における緻密で重厚な表現とは異なり、より自由で開かれた印象を与えます。漁師小屋や漁網の描写も、細部にわたって緻密に描かれているわけではなく、どこか控えめで、絵全体として自然な調和が生まれています。これが「おおらかさ」に繋がり、全体に優雅で穏やかな印象を与えるのです。

また、この「ゆるさ」は、御舟が描く人物や動植物にも見られます。漁師たちの生活や、漁網を干す棹の立ち姿は、まるで自然と一体化しているかのように描かれ、物質的な再現を超えた感覚的な表現を生み出しています。これにより、御舟の作品は、単なる風景画にとどまらず、観る者に深い情感や哲学的な問いかけを与えるものとなっています。

速水御舟の「宮津」は、「新南画」風の絵画として、従来の写実主義的な日本画に新たな風を吹き込んだ作品です。今村紫紅の影響を受けつつ、御舟は自然の美しさと漁村の生活の「ゆるさ」を表現し、絵画を通じて観る者に新たな感覚的な体験を提供しました。彼の手法は、絵の具の色彩や筆触を通じて、風景と人々の感情を表現し、またその「おおらかさ」によって、自然と人間の関係を深く見つめることを促しています。「宮津」は、速水御舟が「新南画」を通じて、絵画における表現の自由さと深さを追求したことを示す重要な作品であり、近代日本画の革新を象徴するものとなっています。

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