
「ゴンベとカラス」は、桂ゆきによる1966年の油彩作品で、現在東京国立近代美術館に所蔵されています。この作品は、民話や民謡を題材にしたものであり、特に「種まき権兵衛」という民話に由来しています。この物語は、農民の生活や自然との関わりを描いたものとして広く知られていますが、桂ゆきはその物語を絵画という形で表現し、視覚的に新たな解釈を加えました。作品を通じて、作者はどのようなテーマを扱い、どのように民話を再構築したのでしょうか。
「種まき権兵衛」の物語は、日本の民話の中でも広く知られ、民謡としても歌われている物語です。物語の主人公である権兵衛(ゴンベエ)は、もともと武士の家に生まれ育ちます。しかし、父親を亡くした後、父親の望みを受けて農業を始めます。彼が播いた種は、すぐにカラスによって食べられてしまうという困難に直面します。民話では、権兵衛は様々な試練を乗り越え、最終的には村一番の農家になりますが、民謡ではその後の「成功」の話はあまり強調されず、むしろカラスに種を食べられてしまう権兵衛の不運な様子が歌われています。
この民謡は、「ズンペラヨー」という掛け声とともに歌われ、権兵衛の困難とその後の努力の結果を人々に伝えます。実際の物語では、権兵衛が村の立派な農民になる過程が描かれますが、民謡ではその後の成功や幸福はほとんど触れられません。その代わりに、カラスに食べられてしまうシーンが強調され、まるでその不幸な状況が「ズンペラヨー」というリズムと共に歌われることで、ある種の「悲劇的なユーモア」を帯びています。
この物語が桂ゆきの作品にどう反映されているのかを考察するためには、絵画における表現技法や構図を詳しく見る必要があります。
桂ゆき(ユキ子)は、20世紀の日本の画家であり、特に抽象的でありながらも象徴的な表現を得意としました。彼女の作品には、しばしば民話や日本の伝統的な要素を取り入れたものが多く、その中で独自の解釈と視覚的なアプローチが見られます。「ゴンベとカラス」においても、民話を基盤にしつつ、桂ゆきは伝統的な物語を現代的な視点で再解釈し、独自の抽象的なスタイルで表現しています。
「ゴンベとカラス」では、絵画における色彩の使い方が特徴的です。画面には黒い大きな三角形が描かれており、これがカラスを象徴しています。カラスは、民話において権兵衛の播いた種を食べる存在として描かれていますが、桂の絵画では、このカラスが非常に力強い形と色で表現されています。黒一色の大きな三角形は、カラスの姿を象徴し、その存在感を強調しています。この黒いカラスが作品全体において重要な役割を果たし、物語の中で権兵衛が直面する困難の象徴として機能しています。
カラスの右上には、非常に小さな人物が描かれています。この小さな人物は権兵衛を象徴していると考えられます。権兵衛は、民話の中で多くの困難に直面し、カラスに種を食べられるという不運な状況に見舞われますが、その後、根気強く努力を重ね、最終的には成功を収めることになります。この小さな権兵衛の姿は、民話の中で描かれる彼の不屈の精神や努力の象徴として解釈できます。桂はこの小さな人物により、権兵衛の悲劇的な不運を強調するだけでなく、彼の挑戦や成長を視覚的に表現しようとしています。
また、色彩におけるコントラストも重要な役割を果たしています。黒いカラスと小さな権兵衛の間に広がる空間は、明るい色彩で表現されており、この空間が権兵衛の希望や未来の可能性を暗示しているようにも感じられます。明暗の対比を通じて、桂は物語の中で権兵衛が直面する困難と、それに対する人間の強さ、努力、希望を表現しているのです。
「ゴンベとカラス」において、カラスと権兵衛の対比は、単なる物理的な形の違いだけでなく、象徴的な意味を持っています。カラスは、自然界での摂理や試練を象徴していると同時に、権兵衛にとっての「困難」そのものです。しかし、権兵衛はこの困難に屈することなく、試練を乗り越えるために努力を重ねます。桂ゆきの作品は、この努力や不屈の精神を暗示的に表現しており、カラスの力強い形と、権兵衛の小さな姿を対比させることで、その葛藤を視覚的に描き出しています。
また、作品のタイトルにある「ゴンベ」と「カラス」の関係は、民話や民謡の中で繰り返し歌われるテーマを反映しています。民謡では、カラスに種を食べられるという不幸が強調される一方で、この絵画ではその不幸を乗り越えようとする権兵衛の意志が視覚的に表現されています。黒いカラスはただの障害ではなく、権兵衛の成長と挑戦のための「試練」として描かれているのです。
桂ゆきの「ゴンベとカラス」は、民話「種まき権兵衛」に基づきながらも、絵画という媒体を通じて深い象徴性を持つ作品に仕上がっています。黒い三角形のカラスと小さな権兵衛の対比は、物語の中での困難と努力を象徴しており、色彩や形状の使い方によってそのテーマが視覚的に表現されています。桂ゆきは、伝統的な民話の枠組みを超えて、現代的な視点で人間の成長や希望を描き出すことに成功しており、この作品は単なる民話の再現にとどまらず、観る者に深い印象を与える作品となっています。
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