ジョン・エヴァリット・ミレイ（John Everett Millais、1829年6月8日 – 1896年8月13日）は、19世紀イギリスの著名な画家で、特にプリラファエリ派（Pre-Raphaelite Brotherhood）の中心的なメンバーとして知られています。ミレイはロンドンで生まれ、非常に若い頃からその芸術的才能が注目されました。彼はシティ・アンド・ギルド美術学校で教育を受けた後、ロイヤル・アカデミー・オブ・アーツで学びました。
1850年、ミレイはダンテ・ガブリエル・ロセッティやウィリアム・ホルマン・ハントと共にプリラファエリ派を結成しました。この運動は、ルネサンス以前の芸術の精神を復興し、鮮やかな色彩と精緻な細部描写を特徴としていました。ミレイの作品は、その独自の美術スタイルと詩的なテーマで評価され、多くの批評家や観客から高く評価されました。

彼の代表作には「オフィーリア」（1851年）があり、これはシェイクスピアの『ハムレット』に登場する悲劇的なキャラクターを描いたものです。この作品は、その精緻な自然描写とドラマティックな表現によって、ミレイの才能を象徴するものとなりました。また、彼の「イザベラ」（1849年）や「メアリー・マグダレン」（1854年）なども高い評価を受けました。ミレイのキャリアは、プリラファエリ派の枠を超え、ヴィクトリア朝の芸術シーン全体に大きな影響を与えました。彼の後期の作品では、よりリアリズムに近いスタイルへと移行し、特に肖像画や歴史画で名を馳せました。また、彼はイギリスの美術界における重要な役割を果たし、1896年に亡くなるまで、多くの受賞歴と名誉を得ました。
ジョン・エヴァリット・ミレイの芸術は、精緻な技術と深い感情表現で知られ、彼の作品は今なお多くの美術愛好者に感銘を与え続けています。

「アヒルの子」は、1889年にジョン・エヴァリット・ミレイによって描かれた油彩画です。ミレイは、ラファエル前派のメンバーであり、その作品には自然主義と象徴主義が融合しています。この絵画もその影響を受けており、彼の晩年のスタイルが色濃く反映されています。
ミレイの作品はしばしば、自然や日常生活の一瞬を精緻に描写し、その中に深い感情や物語を込めることが特徴です。「アヒルの子」はその典型的な例で、単なる自然の風景を超え、観る者に対して感情的な共鳴を呼び起こす作品となっています。
「アヒルの子」は、中心に一羽のアヒルの子が描かれている作品です。アヒルの子は、緑豊かな自然の中にいる姿が非常にリアルに再現されています。背景には、穏やかな川辺や生い茂る草木が描かれ、自然の中でのアヒルの子の位置づけが強調されています。
ミレイは、細部にわたる緻密な描写で知られており、「アヒルの子」においてもその技術が遺憾なく発揮されています。アヒルの子の羽毛の一本一本や水面に反射する光、周囲の草花の細部まで、極めて精緻に描かれています。特に、光と影の使い方が巧妙で、アヒルの子に自然な立体感と生き生きとした表情を与えています。
色彩は柔らかく、自然なトーンで統一されています。ミレイは、特に自然光の描写に優れており、光の当たり具合や陰影が自然でリアルです。これにより、画面全体に温かみと穏やかさが加わり、観る者に安心感とリラックスした感情をもたらします。
ミレイはラファエル前派の一員として、精緻な描写と自然主義を追求しました。ラファエル前派のメンバーは、ルネサンスの初期画家ラファエロの前に戻り、自然界の細部を忠実に描写することを目指しました。「アヒルの子」もその理念を体現し、自然の美しさと感情的な価値を高めています。

19世紀後半のヴィクトリア朝時代は、自然主義や写実主義が盛んだった時代であり、ミレイの作品もその影響を受けています。この時代の美術は、社会の変化や科学の進展に反応し、より現実的で自然な表現を求める傾向がありました。「アヒルの子」はその時代の価値観を反映し、自然界の美しさを称賛する作品となっています。
「アヒルの子」は、旧松方コレクションに含まれており、後に日本のコレクターである水嶋徳蔵氏によって寄贈されました。松方コレクションは、19世紀のヨーロッパ美術を中心に広範なコレクションを有しており、その中には多くの著名な作品が含まれています。ミレイの「アヒルの子」もその一部として、重要な美術品の一つとされています。
「アヒルの子」は、今日においても多くの美術愛好家や研究者から高く評価されており、その技術的な完成度と感情的な深みは、ミレイの芸術的才能を物語っています。この作品は、自然主義的な美術とラファエル前派の影響を受けた芸術的な成果を示すものであり、ミレイの芸術的遺産を理解する上で重要な一作です。
「アヒルの子」は、その美しい描写と豊かな感情表現によって、観る者に深い感銘を与え、絵画としての価値を持ち続けています。