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【人と馬の組み立て式鎧 Composed Armor for Man and Horse】イタリア‐ミラノ‐ルネサンス期
- 2024/3/7
- 06・ルネサンス美術
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「人と馬の組み立て式鎧」は、おそらく15世紀から16世紀にかけて制作され、後の時期にも修復や変更が行われたものです。制作者には、ミラノにあったミッサーリア工房(1430年から1529年まで活動)のマークが押された左肘の補強部分の鎧職人と、ブレシアにあったアンブロージョ・デ・オスマ(1446年から1475年頃まで活動)のマークが押された馬具の製作者がいます。この鎧は、ヨーロッパ(イタリア、スペイン、フランドル、イングランド)の文化に属します。素材には鋼鉄、真鍮、革、織物(ベルベット、ウール)、鉄が使用されています。
鎧の寸法は、人用の鎧の重さが26.88キログラム、兜の重さが1697グラムであり、メールシャツの高さが80.0センチメートル、幅が116.0センチメートルです。鎖帷子のリンクの外径は10.2ミリメートルで、リベットのリンクの内径は7.0ミリメートル、リベットのリンクの外径は9.3ミリメートルです。
この鎧は、馬上槍試合や戦闘などの中世およびルネサンス期の戦闘で使用されたものであり、高度な鎧作りの技術と精巧な装飾が施されています。その重厚な外観と装飾的なデザインは、当時の騎士や貴族の身分や富を示す象徴でした。
13世紀末までに、イタリア北部の鎧製造都市は国際的な評判を得ており、ヨーロッパ全域に武器や鎧を輸出していました。ミラノは16世紀まで最も重要であり、その後をブレシアが継ぎました。最も優れたミラノの鎧職人は、ミッサーリア家という商人・鎧職人の王朝であり、14世紀末から16世紀初頭に活動していました。15世紀には、イタリア人たちは完全なプレートアーマーを完成させました。おそらく1400年頃にミラノで開発され、着用者を頭から足まで覆いました。ミラノの鎧の高度な技術的およびスタイリッシュな特徴は、輸出された場所に関係なく、現地の職人に影響を与えました。したがって、15世紀には、スペインからフランドルに至る西ヨーロッパ全域で着用される鎧がイタリアの特徴を示していました。スペインではブルゴスとカラタユド、フランスではパリ、トゥール、リヨン、ブルゴーニュではアルボワといった、鎧製造の盛んな地域センターが見られました。
画像出所:メトロポリタン美術館
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