【列子図襖 The Daoist Immortal Liezi】桃山時代
- 2023/9/13
- 06・桃山時代
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桃山時代(ももやまじだい)の「列子図襖(れっしとふすだ、Resshi-zu fusuma)」は、日本の美術作品で、この時代の特徴的な作品の一つです。桃山時代は、約1573年から1603年までの日本の歴史的期間を指し、戦国時代から安土桃山時代への過渡期を特徴づける時代です。この時期、日本の美術と文化は独自の発展を遂げ、豪華な装飾や風変わりなデザインが特徴でした。
「列子図襖」は、四枚の引き戸パネルからなる作品で、紙に墨、色彩、金、金箔を使用して描かれています。この作品は、日本の華やかな美術スタイルである「加賀友禅」や「金沢蒔絵」といった装飾的な技法を取り入れています。
「列子図襖」の詳細についての情報は限られているかもしれませんが、この作品は当時の豪華な装飾と芸術的な表現の例として評価されています。また、桃山時代の美術がどれだけ独自のスタイルと技法を持っていたかを示す重要な作品の一つとされています。
これらのパネルは、道教の仙人列子(日本語:Resshi)を描いており、彼が雲に乗って飛び去る様子を描写しています。同時に、列子の神秘的な消失について驚嘆する人々が描かれています。これらの扉パネル、または襖(ふすま)は、もともと京都の禅寺である龍安寺(Ryōanji)の住職の居室(方丈、ほうじょう)の中央部屋の西壁を飾るために制作されました。これらのパネルは、三つの部屋に設置された、様々な儒教と道教の人物を描いた四十のパネルの一部です。
証拠からは、この作品が狩野氏の画家たちによって制作され、狩野永徳(1543–1590)の息子の指導のもとで制作されたということが示唆されています。その中で、狩野永徳の三男である狩野言信(Kano Kotonobu)が最有力の候補とされており、彼は父の死後、龍安寺の主要な後援者である細川家のために画家として奉仕しました。これらのスクリーンは20世紀初頭に散逸し、私設のコレクターに売却されました。中央の部屋の一部のパネルは日本に残っていますが、隣の部屋のパネルはシアトル美術館など他のコレクションに収蔵されました。
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