四川省

四川省

  四川省(しせんしょう、中国語: 四川省、拼音: Sìchuān Shěng、英語: Sichuan)は、中華人民共和国西南部に位置する省。略称は川あるいは蜀。省都は成都。
 四川省は北西は青海省、北は甘粛省及び陝西省、東は重慶、南は貴州省及び雲南省、西はチベット自治区と接する。天険の要害に守られた急峻な山岳地帯に位置すること、東部に四川盆地が広がり内陸部にもかかわらず温暖で肥沃な米作地であることから「天府之国」と称される。また、海には面していないが中国最大級の湖瀘沽湖を擁し、水産物、特に蝦の一大産地でもある。省北部の岷山山脈や、省西部、南部にはチベット族、イ族、羌族など少数民族が多い。四川省北部はジャイアントパンダの生息地として知られる。中国最大のパンダ保護区は臥竜自然保護区。
 近年広漢市で三星堆遺跡が発掘され、3,000年前に古蜀の地に存在した仮面王国が明らかになった。四川は古代の巴蜀(中国語版)(はしょく、「巴(英語版)」は現在の重慶一帯、「蜀」は現在の成都一帯)の地である。
前316年に秦によって巴蜀が滅ぼされ(秦滅巴蜀の戦い(中国語版))、秦の版図に編入され、その険しい山岳地帯である地理的条件から流刑の地とされた。前206年に秦が滅亡し、劉邦が項羽から漢中と巴蜀が与えられる。漢中王を号した劉邦は当地を基盤として勢力を増大し、やがて項羽を討ち中国を統一、中華王朝としての漢朝を建国した。漢王朝が出来た当初は流刑地として以外には開拓が進まなかったが、徐々に豊かになっていく。三国時代には、前漢の皇族劉勝の後裔を称する劉備によりこの地に蜀漢が建てられ、魏呉と天下を争った。
 五胡十六国時代には成蜀、後蜀が晋の支配を、五代十国時代には前蜀、後蜀が中原支配を脱し、四川省を中心に独自の政権を樹立している。1001年(咸平4年)、北宋は成都府路・梓州路・夔州路・利州路(かつての漢中、現在は陝西省)の4地方を統合して四川路を設置、これよりこの地を四川と称されるようになり現在に沿襲された。
 明末清初の動乱期に、反乱軍の張献忠によって四川省で最大300万人ほどの大虐殺が行われ(屠蜀(中国語版))、古代から続く四川人はほぼ絶滅した。その後の100年間に湖北省・湖南省・広東省からの移民が流入し復興した。

出典: https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%9B%9B%E5%B7%9D%E7%9C%81

四川省の行政区画

名称中国語拼音政府所在地
成都市成都市Chéngdū Shì武侯区
綿陽市绵阳市Miányáng Shì涪城区
広元市广元市Guǎngyuán Shì利州区
南充市南充市Nánchōng Shì順慶区
巴中市巴中市Bāzhōng Shì巴州区
達州市达州市Dázhōu Shì通川区
雅安市雅安市Yǎ’ān Shì雨城区
徳陽市德阳市Déyáng Shì旌陽区
遂寧市遂宁市Sùiníng Shì船山区
広安市广安市Guǎng’ān Shì広安区
眉山市眉山市Méishān Shì東坡区
資陽市资阳市Zīyáng Shì雁江区
楽山市乐山市Lèshān Shì市中区
内江市内江市Nèijiāng Shì市中区
自貢市自贡市Zìgòng Shì自流井区
宜賓市宜宾市Yíbīn Shì翠屏区
瀘州市泸州市Lúzhōu Shì江陽区
攀枝花市攀枝花市Pānzhīhuā Shì東区
カンゼ・チベット族自治州甘孜藏族自治州Gānzī Zàngzú Zìzhìzhōu康定市
アバ・チベット族チャン族自治州阿坝藏族羌族自治州Ābà Zàngzú Qiāngzú Zìzhìzhōu馬爾康市
涼山イ族自治州凉山彝族自治州Liángshān Yízú Zìzhìzhōu西昌市

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